• テキストサイズ

夜空に輝く星一つ。【鬼滅の刃 短編 中編 】

第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]







 静寂の中で、自分の声だけが残響のように耳に響いていた。
 あんなふうに声を荒げたのはいつぶりか。
 怒っているのではない。ただ、抑えられなかった。
 あの肌を他の男に見られたと聞いた瞬間、理屈も矜持も吹き飛んだ。

 どうしてこんなにも苦しいのか。触れたいのに触れられないもどかしさを拳で握りしめた。
 なぜ、こいつの痛みや涙が、自分のもののように感じるのか。ようやく、わかった。

 ──俺は、はなを慕っている。

 気づいた瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
 柱としてでも、同僚としてでもない。ただ一人の男として、はなを知りたいと思った。

「……水柱と呼ぶのはやめろ」

 自分でも驚くほど低く、掠れた声が出た。

「えっと……では、水柱様」

「違う。冨岡義勇だ」

 名を名乗る。それだけのことなのに、胸がこんなにも熱くなるとは思わなかった。
 その瞳が俺を見上げる。
 涙のせいで少し滲んでいるが、そこに映るのは確かに俺だ。はなは俺を見ている。
 この瞬間、なぜか同じ想いを持っていると確信した。

「義勇……さん」

 柔らかい声が、耳に残った己の残響を包み込んでいった。
 理性が静かに崩れていく。手が勝手に伸び、頬に触れた。
 その肌の温もりに、ついに想いが爆ぜた。

「はな……」

 気づけば、唇が触れていた。
 
 唇が離れたあと、俺は我に返った。息が荒い。心臓の音がやけに大きく響く。
 はなは、ただ驚いたように俺を見ていた。
 
 堪らなくなった。

 震える指先で、彼女の目元にそっと手を伸ばし、手のひらでその視界を覆った。

「……あまり見るな」

 見つめられると、心の奥まで暴かれそうで怖かった。
 それでも、離れたくはない。

 手のひら越しに感じる睫毛の震え。
 そのわずかな動きが、俺の理性の糸を危ういものにしていく。

 はなが小さく息を吸った瞬間、
 もう一度、唇を重ねた。

 今度は迷いもためらいもなかった。
 触れた唇の温かさが、全身に行き渡るようだ。長い冬の果てに差し込んだ陽だまりのように。
 
 ──この恋情は、まだ始まったばかりだ。


/ 204ページ  
エモアイコン:泣けたエモアイコン:キュンとしたエモアイコン:エロかったエモアイコン:驚いたエモアイコン:なごんだエモアイコン:素敵!エモアイコン:面白い
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp