第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
「いいなぁ…」
杏寿郎様に触れたい。杏寿郎様とお話がしたい。杏寿郎様のすべてが恋しい…。
「ほれ! はなちゃん! おまけしといたからな!」
杏寿郎様に想いを馳せながら、仲睦まじい男女の背中を見つめていると、魚屋のおじさんの声で我に返った。
「いつもありがとう。また来ますね」
「煉獄の坊ちゃんは大食漢だから作り甲斐があるだろ!」
「そうですね。いつも綺麗に食べてくれます」
「あんな美丈夫でうんと食べるんだから、俺も良い魚を持してやりたくて張り切っちまうよ!」
「おじさん、いつもありがとう。また良いお魚入ったらお願いしますね」
ここのところ毎日のように商店街に足を運んでいた。
杏寿郎様がいつ帰ってきても良いように、たくさんのご馳走を作って待っていた。
桜が満開になる頃には帰る、との杏寿郎の言葉を信じて毎日厨に立ち、空振りに終わる日々。
作ったご飯は槇寿郎様が平らげてくれていた。
この鰆は一緒に食べられるといいなぁ。副菜は、菜花のお浸しと、いただいた筍があるから、煮て…それから、夜はまだ冷えるから温かいお味噌汁、さつまいものお味噌汁にしよう。
それから、千寿郎君が好きなきのこのあんかけの揚げ出し豆腐も。
献立を考えていたら、高く結った髪が風に揺れた。今日は風が強い。
そんな風に乗って甘い香りが鼻腔に届いた。桜の香りでも、お菓子の香りでもない嗅いだことのない香り。
「何の香りだろう?」
「あっ! そういや、西洋の商人が来て期間限定で店出してるみてぇだ。行ってみたらどうだい? ここらじゃ見ない様な物があるってうちのカミさんも言ってたぞ?」
魚屋のおじさんがひょっこり顔を出して通りの向こうを指差した。
「西洋の商人の方が? 珍しい物がありそうですね。寄ってみようかな」