第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
杏寿郎様とケンカをした。
ケンカと言っても、私が一方的に怒ってしまったものをケンカと呼ぶのすらわからないけれど。
意地を張ってろくに口もきかず、何か言おうとする杏寿郎様を避けた。
いつも必ず着いてきてくれるお買い物も、何も言わずに出て来てしまった。頭を冷やすには一人が良かった。少し離れれば素直に謝れる気がしていたから。
でも触れない肩が淋しくて、荷物を待つ手がやけに重い。
往来は危ないと言って大袈裟なほど寄せてくる手も、まだ持てるぞと必ず荷物を持ってくれる逞しさも。ただそれが恋しくなって頭を冷やすとごろか、淋しさが生まれただけだった。
帰ったらすぐに謝ろう。しゅんと毛先まで下げて反省する姿が浮かんで胸が痛んだ。
早く帰ろう。帰って一緒に芋羊羹をつつきながら怒ってしまったことを謝るんだ。そう決めて、ろくに買わずに帰ったのに…。
杏寿郎様は出立してしまっていた。
『この蕾が咲く頃には帰れるはずだ。帰ったら君に謝りたい』
手紙一枚残して。
流麗な字は一切の乱れもなく、まるで杏寿郎様の心を表しているように整ったものだった。
残された手紙には、桜の蕾をつけた小枝が添えてあった。
その手紙に気づいたのは、月がどっぷりと夜の闇に浸かってからだった。
手紙に添えられた小枝の蕾は、花開くにはまだまだ時間がかかりそうで、杏寿郎様は長期の任務へ出られたのだと悟った。
出立される前、長期の任務があるなんて知らされていなかった。長期の場合は何日か前に知らされることが多い。
どうして言ってくれなかったのだろう。知っていたら、あんなこと言わなかったのに…と未だに杏寿郎様のせいにしている自分に気づいて、心底自分に腹が立った。私が未熟なだけなのに。
あれから桜の蕾は順調に膨らんでいき、とうとう美しく満開の花を咲かせた。
春特有の霞かがった景色の中で、薄桃色の花弁を枝の先まで咲かせる桜。一際美しく、見る者を魅了するのに驕らず、雄弁に語ることもなく、ただ静かにどっしりと構えて根を張っている。
私もこうして構えていられたら、どんなに良かっただろう。
けれどあまりに潔く散る姿は杏寿郎様の覚悟と重なって、不安と恐怖で心が抉られそうだった。
それなのに目が離せないのは、桜の持つ儚い美しさに取り憑かれているからで、そんな美しさもまた杏寿郎様と同じなのだ。
