第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
千寿郎の言う通りの量を入れた砂糖。はながいつも作る卵焼きと同じ甘さなのは、千寿郎がはなの味を覚えていて、その味を出そうとしてくれたからだ。さすがだな、千寿郎は。
「美味いな! やはり食べることは生きることだな。活力が湧く」
卵焼きの甘さを噛み締めると、任務中に山の中で一人食べた握り飯を思い出した。
山の中に咲いている桜は、まだ五分咲きと言ったところか。
俺はあまり一人で見る桜が好きではなかった。
昔、父や母、千寿郎と見た桜があまりに美しいく温かい記憶だからだろう。
まだ母が生きていたころ、毎年花見に出かけていた。母の作った大きな弁当を持って。
まだ小さかった千寿郎は、舞う花弁を嬉しそうに追いかけた。そんな様子を目を細めた眺める父の優しい瞳も、俺の髪についた花弁を取る母の優しい手先も…。どれも優しすぎるほど温かくて、一人で見る桜はどうしてもそれを思い出し、胸が痛んだ。
鬼殺隊士になってからも、どうも桜は苦手だった。
過酷な暑さを乗り越え、厳しい寒さにも耐えて美しく咲かせてた花は短命で、どんなに人々に惜しまれようとも、役目を終えたかのように散る。
そんな理由から、俺は桜が苦手だった。それがはなとなら、見たいと思えたのだ。
重箱が空になり、腹も心も満たされると、はながぽんぽんと膝を軽く叩く。ここに来いと言うことだろう。揃えられた膝の上に頭を乗せると、見上げた先のはなは満足そうに笑った。
「こんなにもゆったりとした時間を過ごすのは久しぶりだ」
俺の髪を手で掬い、はらはらと手から溢しては掬う。
「そうですね。少しお休みになられて下さい」
「いや…休んでしまっては、君を見ることができなくなってしまう」
俺がつけた跡を隠すように下ろした髪に手を伸ばして指に絡めた。
髪の隙間から覗く首は、隠しきれなかった跡が、昨日よりも濃くなって、白い肌をより引き立てている。
「綺麗だ」
そっとその跡に触れると、俺の頭を乗せた膝がぴくりと小さく跳ねた。
「私を見に来たのではなく、桜を見に来たのですよ?」
「桜の中にいる君を見に来たのだ」