第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
瞬きをするはなの元に近づくと、顔を上げたこいつ頬を両手で覆い目を覗き込んだ。
煩いくらいの心臓が高鳴り耳の中の血管がどくどくと鳴っている。
だがこれは不可抗力ってやつだ。
下の瞼を親指で下げると、砂が付いていた。こりゃいてぇわけだ。
「入ってますか?」
「あぁ。水筒あったよなァ? 中身は水か?」
「はい、お水です」
「少し辛抱しろ」
腕に掛けた風呂敷の中から、竹筒を取り出して蓋を開け、大きく開けた目に一滴水を垂らした。
「んっ……」
冷たさに驚いたはなが下を向き、俺の掌から頬が抜けた。
空になった掌が、やはり自分のものにはならないと突きつけられたようで、軽く拳を握った。
掌に残った頬の感触は柔らかくて、温かかった。
両手ですっぽり覆ってしまえそうな程小ぶりな顔は頼りないほど華奢で、手加減を間違えると壊してしまいそうなくらいだ。
目の中の砂は、垂らした水とともに流れたようですっきりした顔で俺を見た。
これ以上こいつに近づくのは良くねぇと思っていたはずだった。早々に忘れるのが吉だ。そのはずだったんだ。
それなのに、俺はまたあいつの元に来てるとはなァ。
あいつと弁当を食った次の日。舌の根も乾かないうちに俺はまた桜の木へやってきていた。だが今日は距離を取っている。あいつは俺の気配に気づきもしねぇで呑気に桜を眺めに来ていた。
「おい! こんなとこで何してんだ?」
背中に受けた遠慮を知らない声。振り向けば見慣れたでけぇ男が仁王立ちして俺を見下ろしていた。
「声でけぇ!! 宇髄てめぇ! なんでこんなところにいやがる!」
努めて小さな声で言い返し、目線を戻す。
その先には桜の幹に背を預け、頭上に広がる桜を見つめていたはなが、麗らかな春の風に時折髪をなびかせながら眠っていた。
「煉獄がなかなか帰れねぇって聞いたからよ。はなちゃん寂しがってんじゃねぇかなぁと思って、来てみたら…ここじゃねぇかって、千坊から聞いてよ。来てみたらこそこそ覗いてるお前さんがいたってワケ」
こそこそしているつもりはねェ。必然的にそうなってしまった。桜を眺めるはなは煉獄を想いながら佇んでいることは痛い程伝わってきている。
あれのどこに俺の入る隙があるってんだ。