第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
「久しぶりにまともな飯食ったなァ。ありがとよォ」
どのおかずも手抜きをしたあとはなく、一つ一つ丁寧に作ってあった。
朝早くから煉獄のために詰めた姿が目に浮かぶようだった。
本当に俺の腹に入って良かったのか。米粒一つ残したくなくて、きつくなった腹に残さず納めたが。煉獄はこんなに食うのか?
半ば呆れながらはなを見れば、空になった重箱を嬉しそうに重ねている。
「たまには、ご飯食べに来てくださいね」
そうかと思えばこっちを見てとんでもない事を言いやがる。
「はァ?」
「不死川様、自炊されてるようですが、面倒な日もあるのではないですか? そんな時はぜひ! 杏寿郎様も喜ぶと思います」
まったく、こいつは…。人の気も知らねぇでよォ。
煉獄が気の毒になってきたぜ。
俺にこんなことを言うやつは、こいつぐれぇなもんだと呆れてりゃ、白い腕が急に目の前に現れて俺の髪に触れた。
必然と顔も近くなり動けずにいると、
「花弁が…ついていましたよ。ほら」
満面の笑みで花弁を見せるはなの腕を掴んでしまった。
無意識だった。
「男にそんなことすんじゃねェ。お前は隙がありすぎだァ。煉獄が心配すんだろぉが」
「えっ…?」
腕を掴まれた事に驚いのか、花弁がはなの手から飛んでいった。
「お前なぁ…煉獄に心配かけんじゃねェ。いくら相手が俺だろぉと隙を見せんじゃねェ」
「そんなつもりは…」
だろうなァ。こいつは何もわかっちゃいねェ。
その袖から伸びた白い腕も、近づけた顔も、花弁を持った指も俺の感情を乱すことを知らねェ。
「そろそろ帰んぞォ。送ってく」
空になった弁当を包んだ風呂敷を持ち立ち上げてもう一度桜の木を見上げた。苦手だった桜がたった少しの時間をこいつと過ごしただけでまた来年もこの咲き誇る桜の元に来たいと思っている。単純で笑えてくらァ。
「待って下さい! 不死川様!」
はなが駆け出した時、風のいたずらか小さなつむじ風が吹いて花弁と砂を巻き上げた。
「きゃっ! 痛っ…」
その声に振り向けば手で顔を覆っていた。
「おいっ! どうした!」
「目に…砂が…」
「見せてみろォ」