第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
そして、槇寿郎様に教わりながら時間を忘れて将棋を指した。
「娘がいたら、こうなのだろうか」
ぽつりと呟く槇寿郎様の声を耳がしっかりと拾った。その声についふふっと笑ってしまう。
「子は何人いても良いと思っていた。その中に娘の一人でもいれば…屋敷は華やかになる。瑠火もな娘は欲しかったようだ。今、お前がこうして屋敷にいることを、一番喜んでいるのは瑠火やもしれんな。まぁ、杏寿郎も…だがな」
静かで穏やかな声色に、本来の槇寿郎様の姿はこの姿なのだとなんとなく思った。
杏寿郎様の心の中にはずっとこの穏やかな槇寿郎様がいて、いつかまた必ずこの槇寿郎様を見ることごできると信じていてのだと思う。温かく柔らかく笑う槇寿郎様の姿を想って。
「槇寿郎様、とても嬉しそうですね」
「家族が増えると言うのは嬉しいものであろう?」
私のこと…? 杏寿郎様が喜んでいるから嬉しいのだと思ってた。
「なんだ? お前がこうして屋敷にいる。それが嬉しいと言うのは可笑しいか?」
「いいえ…槇寿郎様がそう思って下さっているって知らなかったので嬉しくて…」
「あんなにも小さかったお前が、今や一人前だ。感慨深くもなる。そしてここにいる。助けた命が、こうして強く生きていると言うのは、鬼殺隊士にとって一番嬉しいことだ」
「助けてくださったのが槇寿郎様で本当に良かったと思っています」
「首には、傷をつけてしまったがな」
「いいえ、杏寿郎様もこの傷さえ愛おし…と…あっ…」
「何を聞かされるかと思えば惚気か」
何てことを言ってしまったのだろう。両方の頬が熱くて堪らない。
「いえ…あの…そうではなくて…えっと、私も気にしていないと…言い…たくて…」
「わかっておる。まさかな…瑠火が言っていたことが本当になるとは思ってもいなかったがな」
少し照れた様子の槇寿郎様は駒を進める為にじっと盤を見つめるものの、一向に駒を動かさない。まるで、考えは違う方に向いているかのようだ。
「瑠火様がですか?」
胡座をかいた脚に頬杖をつく槇寿郎様は少し顔を上げて微笑んだ。瑠火様の話をするとき愛おしい者を見る目に変わる。その表情だけで、今でも心から愛しているのだと伝わってくる。
「あぁ。瑠火がな首の怪我が理由で嫁の貰い手がいなければ杏寿郎に…とな。冗談だったとは思うが、まさか本当になるとはな」
