第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
槇寿郎様が湯呑みを二つ持ってきて『熱いぞ』と言って目の前にぽんと置いた。
突っ伏していた顔を急いであげると、
「そのままで良い。気を遣うな、楽にしていろ」
そう言って、少し顔を上げた拍子に下がってしまった羽織を肩に掛け直してくれた。
「ありがとうございます。でも槇寿郎様のお茶いただきたいです」
湯気の立ち上がる湯呑みを両手で覆った。手のひらからの温もりが身体に広がっていく。
「瑠火がな、よくそうやって待っていた」
槇寿郎様は片手を湯呑みに添えて、茶を覗き込むようにして呟いた。懐かしむような少し淋しそうな顔で。
「俺の帰りをな…待っていたんだ。淹れた茶も冷たくなっていた。机に突っ伏して寝ていることもあった。先に寝ていろ…と何度も言ったのだがな」
ぽつりぽつりと話す槇寿郎様は、やっぱり淋しそうに続けた。
「杏寿郎が生まれてからだ。やっと、まともに眠るようになったのは。杏寿郎のことが心配な気持ちもわかるが、自分の体をまず第一に考えなさい」
槇寿郎様は湯呑みから視線を上げた。
「あいつを信じろ。必ず帰ってくる。俺が呆れる程ハナに惚れ込んでいるからな。お前を一人にするなどあいつに限ってそんなことはせん。杏寿郎はまるで昔の俺を見ているかの様に一途にはなを想っている。全く、親子と言うのはこんなところまで似るのだろうか。あいつも、尻に敷かれるな」
槇寿郎様の言葉に耳まで真っ赤になっている事がわかった。
「あの…槇寿郎様から見ても、寿郎様は…その…」
「あぁ。お前に相当熱を上げている。心配するな。他の女にいく気配もない。はなしか見えていないと顔に書いてある。あれ程わかりやすい奴はいないだろう」
あぁ、だめだ。槇寿郎様の前だと言うのに顔が緩んでしまう。
「安心したら眠くなったか?」
眠くなるどころか、目が覚めてしまった。益々杏寿郎様に会いたくて触れたくて。
「それ…少しやってみてもいいですか?」
駒が綺麗に並べられた将棋盤に向き直った。槇寿郎様は、一瞬驚きつつも、すぐに目を細めた。
「あぁ、俺が誘ったのだったな。やってみるか?」
「私では、千寿郎君の足元にも及ばないと思いますが」
千寿郎君は何事も勉強熱心だ。槇寿郎に勝負を挑むくらいだ
相当な知識をつけているはず。
「構わん。楽しめばいい」