第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
「それでだ、その日弁当を作ってくれないか?」
「はい! 作ります。たくさん作ります。杏寿郎様たくさん食べるでしょう?」
「楽しみだ。はな、顔を見せてくれ」
顔を埋めたままだった私が上を向くと、杏寿郎様は優しく唇を重ねた。
「恋人らしいこと…していますよ?」
「君はこれで満足か?」
「欲を言えば二人の思い出がたくさん欲しいです」
「ならば花見もその一つだな」
そう言って笑う杏寿郎様は優しい笑みを向けてくれる。
「はい…桜は美しいですが、杏寿郎様と見る桜はもっと素敵なのでしょうね」
「一つ一つ思い出が胸に刻まれていくのだろうな。春夏秋冬
どの季節にも君との思い出を作りたい。君のその美しい瞳には、どんな未来が映っている? 同じ未来が見えているだろうか?」
「はい! 私はいつも杏寿郎様も同じ方向を見ています」
杏寿郎様がお花見に二人でと言ってくれた優しくて愛おしい約束。きっと杏寿郎様の瞳に映る未来は、楽しくお花見をしている姿。私と同じ。
どんな着物を着ていこうか、お弁当の中身は何にしようか。
髪の毛は少しおしゃれをして編んでみてもいいかもしれない。そんなことを考えていたらあっという間に時間は過ぎて、いよいよ明日が約束の日。
夕餉も食べ終わり明日の弁当の支度を整えていると、外はすっかり暗くなっていた。
そんなにかからず帰れると言っていたものの、日付は跨ぐだろうと、ため息をついて自室へ戻った。
目を瞑るも一向に眠れない。玄関が開く音を待ってみても耳に届くのは、少し強い春風の音だけ。
嫌な胸騒ぎが胸を掻き乱して、居ても立ってもいられなくなってしまった。
もぞもぞと動いてばかりだった布団は全然温まらず、冷たくて居心地の悪さを感じて布団から抜け出た。
こんな時杏寿郎様が隣にいたら、温めてくれるのに。
廊下を歩くと、春とは言え夜は冷え込みが厳しく、杏寿郎様はいつもこんな冷たい廊下を歩いて帰ってくるのだと思うといたたまれなくなった。
足の裏から伝わる冷気にあっという間に足のつま先まで冷えてしまった。
そんな足を気にしながら顔を上げると居間から光が洩れていて、気づかない内に杏寿郎様が帰ってきたのではないかと期待し廊下を駆けた。