第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
兄上は召し上がって行かれませんでしたね」
味噌汁の中のさつまいもを箸で持ち上げ、見つめたまま千寿郎君がぽつりと言った。
いつもなら夕餉を食べてから出立するはずが、今日の杏寿郎様ははやけに急いでいるようだった。
「任務が立て込んでいるのね」
「花見の季節だからな。夜桜を見る為に夜でも人が出歩く。任務に加え見回りもしなければならん」
「私達にとって楽しい時期は、鬼殺隊の方達によって守られているのですね」
「はな、それより明日の支度は良いのか?」
「あっ! そうでした。大変!」
急いでご飯を掻き込んで、厨へ向かった。
明日は杏寿郎様とお花見の約束をした。お弁当を持って行こうと言ってくれたのも杏寿郎様。
それは三日前。
春の陽気が心地よく、洗濯が捗った。白い敷布が風にはためいて、喜んでいるような気がした。そんな風を浴びながら隣のお屋敷に植っている桜の木に目を移す。満開まであと少し。
まだ少しの蕾を残してはいるものの、それはそれは立派で、散る時もさぞ綺麗な花吹雪を見せてくれそうな桜の木だ。そんな桜をうっとりと眺めていると、
「君と桜はなんとも美しいな」
とても優しい声が聞こえた。
洗濯の手伝いを終えた杏寿郎様は、縁側で読書をしながら私の様子を見守ってくれている。
その声に振り向いた時にはもう背後にいて、振り向き様にギュッと抱き締められた。
「あと三日もすれば満開だな!」
杏寿郎様の胸に収まった顔を桜に向けると、ハラハラと花弁が舞っていて、風に乗って私たちの元へやってくる。
「はい。桜はあっという間に散ってしまいますからよく目に焼き付けておかないと」
「ならば花見をしよう」
「はい! 槇寿郎様と千寿郎君も…」
「いや、二人で…行かないか?」
桜の方を向いていた顔を杏寿郎様に向けると、黄金色の髪が風にのってふわりと揺れていた。
「二人で…ですか?」
「あまり恋人らしいことをしてやれてないのでな。花見くらい二人で行ってもバチは当たるまい?」
フッと笑う顔が優しくて、胸がいっぱいだ。幸せな涙が出そうになって顔を胸に埋めた。
「楽しみにしています」
両腕を杏寿郎様の背中に回して力をこめると、自分の背中に回っていた温かい手が髪を撫でた。