第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
何度かの危険な場面を通り、全ての料理が仕上がったのは昼を過ぎてからだった。
「お待たせしてすみません」
「待つのは嫌いではない」
目が隠れているはなだか、表情は口に表れる。緊張すると真一文字に結ばれる。嬉しい時はこれでもかというほど口角を上げる。悲しみを堪えるときは唇を噛み締める。
今のはなは、穏やかに口角を上げている。これは安心した時の表情だ。
揃って味噌汁を口に含めば、小さくため息が零れた。
「美味いな……」
誰かと向き合って食事をするなど、何年ぶりだろうか。
「お口にあってよかった」
食後の茶を淹れると、はなはほっと息をついた。
庭の方から吹き込む風が湯気を揺らし、箸を置く音もやけに穏やかに響く。
その空間の中にいると、騒がしい世の中が一瞬だけ遠くに感じられた。
「やっぱり、人と食べるご飯っていいですね」
そう言って笑ったはなの頬に光が反射し、包帯の白さがやけに柔らかく見えた。
あの闇の中で見た傷の面影が少しずつ薄れていくようでこの時間が続けばいいと、思ってしまった。
それからしばらくの間、俺はできる限り顔を出すようにした。
野菜の様子を見に来る、井戸の水を汲む、そんな些細な理由をつけて。
はなも、当たり前のように迎えてくれる。
だが、あの日以来、触れることはなかった。触れることを避けた。
あの温もりをもう一度感じたら、何かが変わってしまう気がしたからだ。
包帯の下の瞳がどんな色をしているのか、知りたいと思いながらも、包帯が取れてしまえばここへくる意味がなくなる。そのことが胸の奥に燻っている。