第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
はなが己のことは己でと言った以上、見守るべきなのだろう。だが気づけばはなの背後に立っていた。
「危ない」
「水柱!? どうして?」
「戸締りが甘いからだ。それよりその手つきはなんだ。刃物の扱いは慣れているのではなかったか」
「大丈夫です。手の感覚でわかりますから」
「……そういう問題じゃない」
包丁を握る小さな手の上に、己の手を重ねる。
はなの香りが鼻を掠める。
距離が近すぎることに気づいたのは、手を添えてからだった。
「こうだ。刃先が外を向いている」
「あ……すみません」
はながわずかに動いた拍子に、背中が俺の胸に触れる。
その一瞬で、はなの肩が跳ね、俺の心臓も跳ねた。それでもこの手を離すことができなかった。
「ごめんなさい……」
「それは何の謝罪だ」
「えっと……こんなことにまで水柱を付き合わせてしまった、と言うのと……その、気軽に触れてしまったこと……です」
「そんなことか。……お前に触れられるのはいやではない」
思うより先に口から出ていた言葉の重さに、喉が震えた。
「あ、あ、あの!! もし良かったら、お昼食べていきませんか? 二人で食べた方が美味しいですし!」
「お前がいいならそうさせてもらう」
「今日はとびきり美味しく作らなきゃですね」
はなは包丁から手を離し戸棚に手を伸ばした。必然的に離れた手に名残が残る。
「見た目は悪いかもしれませんが、味は自信あります! ……えっと、お砂糖は……」
「それは塩だ。砂糖は右だ」
戸棚を探るはなの手首を取って導くと再びはなの肩が小さく跳ねた。
「ありがとう……ございます」
調味料をぎこちなくも戸惑いなく入れて、味見をしたはなは、嬉しそうに頷いた。
こいつはこんなに穏やかな雰囲気を纏っていただろうか。殺伐とした環境に慣れてしまった俺には陽だまりのように感じる。
闇の中でした見たことのないはなの瞳は、どんな色で、笑うとどんな形に変化するのか。
この陽光の下で見たくなった。