第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
はなは神社の境内に入るなり深く呼吸をした。
古い木の香りが空気に馴染み、温もりを帯びている。大木の幹には想像より大きい穴が空いていた。
「やっぱり、ここは落ち着きます」
まだ目に包帯を巻いたままのはなは、まっすぐその木の方を向いていた。
まるで目で見ているかのように。
「もっと大きかったような気がしていたんです。でも、いつからかこんな大きさだったっけ? って思っちゃって。不思議ですよね」
その声音には、過ぎ去った時間への寂しさではなく、今を生きる確かさがあった。朽ちていくものを前にしても、あいつの中には絶えず「生」が息づいている。
それが俺には眩しく見えた。
俺にないものをもっているはなが頭から離れないのは、あの夜の怪我に対する罪悪感からだと思っていた。だが、知らずのうちに無いものねだりをしていたのだ。
***
屋敷に着いてからは、やはり生家と言うだけあって慣れた様子で動いていた。
気にしていた野菜の世話を引き受けると、はなは柱にそんなことをさせられないと言った。
俺はそんな特別な人間ではない。
だが柱という立場は周囲から優遇され特別視される。俺にとって、それはむしろ苦痛だった。
だがはなは、肩書きに縛られることなく、一人の人として俺に接してきた。
余計な言葉も、余計な気遣いもない。それが心地よかった。
この日は水瓶に水を貯めて帰ることにした。料理に対して一抹の不安は残したまま。
翌日もはなの屋敷を訪ねた。戸を叩く音に反応はなく、戸締りもろくにしていない。戸を開けてみるが、家主の姿はない。
厨の方から包丁がまな板に当たる音だけが屋敷に響いていた。
まだ昼餉には随分と時間がある。嫌な予感がした。
中に入ると、心許ない手つきで野菜を切るはなの姿があった。
鍋の湯が音を立てて沸き、切った野菜は大小さまざまに散らばっている。
とても大丈夫と啖呵を切った者の手に見えるものではなかった。