第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
遮られた瞳で俺の姿を探すような仕草を見せる一ノ瀬に「また来る」と言っていた。
屋敷を出る間際、彼女の帰宅を許可したという話を聞いた。
その言葉に胸の奥がざらりと波立った。
目の見えぬ状態で、どうやって帰るというのか。
「俺が送って行く」
気づけば口が勝手に動いていた。
療養終了の日、一ノ瀬の目にはやはり厚い包帯が巻かれている。
無意識なのか、辺りを探ろうと宛てもなく動いている一ノ瀬の手を半ば無理矢理取った。
彼女の手は小さく、指先が少し震えていた。その手を包み込むと、僅かに力が返ってくる。一人で帰れると言いながら、不安が指先にまで宿っていた。
ほんのそれだけのことが、どうしようもなく心を揺らした。
沈黙の中を歩く道。鳥の声、風の音、土を踏む足音。彼女の呼吸の一つ一つがやけに鮮明に耳に残った。水面のように静かで、深くて、心が落ち着く音だ。
そしてあの神社にたどり着いた。
一ノ瀬がその話をしたのは、蝶屋敷の小さな部屋の中だった。
雨が窓を打つ、薄暗い昼下がりのことだ。
厚い雲に覆われた空に差し込む陽光はない。それでも彼女はまるで光を見ているように話していた。
「私の家の近くにね、古い神社があるんです。その境内に、大きな木があって……幹に穴が空いてるんです。その穴も大きいんです。子どもの頃は、そこに隠れてかくれんぼとかしてました。父と母に見つからないようにって」
その時のはなの声は、笑っていた。だが、笑いのあとに少しだけ息が詰まった。
気づかないふりをして、次の言葉を待った。
「あの日もいつものようにそこに入ってたんです。でも……眠っちゃって。起きたら夜で、誰も見つけに来ないから怖くなって家に帰ったら……もう、両親は、鬼に……」
静かだった。雨の音だけが響いた。
一ノ瀬は──はなはそれ以上、何も言わなかった。
慰める言葉を持ち合わせていない俺は何も言えなかった。
易い慰めの言葉をかけたところで、傷を抉るだけのことはよく知っている。
はなが家に風を入れたいと強く願ったのは、そこに置き去りにした記憶のためだった。