第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
他の隊士と何ら変わらない存在だった。
それが変わったのはやはりあの夜だ。
鴉の報せを受けて駆けつけた家で、まず目に入ったのは、二人の幼い子をしっかりと抱き寄せ、無防備にも鬼に背を向けるあいつの姿だった。
細く頼りないその背中に覚悟と強い意志が見えた。
日輪刀を振りかざすわけでもなく、ただ幼い命を守らんとするその意志。
己の弱さを認めながらも逃げずに守ることに徹する姿は、美しいとさえ思った。
そんなあいつの目は鬼の爪により傷つけられていた。
俺がもう少し早く来ていたなら──
その後悔が俺の足を蝶屋敷へと向けていた。
***
「目を負傷した隊士が来ているはずだが」
「えぇ。一ノ瀬さんですね」
「一ノ瀬……」
「一ノ瀬はなさんです」
「一ノ瀬の怪我は視力に問題はないのか」
「一時的に視力を失ったようですが、回復すると思います。ただ目の周りの皮膚は薄いですから、慎重に手当てしていかなくてはいけません。当分の間は包帯で目を覆うことになりそうです」
「そうか」
「冨岡さんにしては珍しいですね。人に関心を持つなんて。会っていきますか? はなさんに」
「いや……いい」
一度は断ったはずだった。
それが気づけば一ノ瀬の病室の前にいた。
回復が見込めるものの、不自由な生活は強いられるだろう。
様子を見て帰るつもりだった。
中からは小さな物音と、布の擦れる気配。
戸を叩く指先にわずかに力がこもる。
その一拍の迷いを、どうしてか振り払えなかった。
目を覆う包帯。視線の合わない相手にどう言葉をかけるべきか。そんな当たり前のことにも戸惑っている自分が情けなかった。
それでも戸を開けた。
その瞬間倒れ込む一ノ瀬を抱き留めた。
「すまない。驚かせた」
抱きかかえた体は思ったよりも軽くて、息を呑んだ。
無事だった。それだけで胸の奥の何かがほどけた気がした。
どうしてこんなにも安堵しているのか、自分でもわからない。
包帯の向こうの瞳が見えないのに、あいつの表情が浮かぶ。
眉を寄せて、困ったように笑って、言い訳をしながら礼を言う姿が。