第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
土を踏む音、水柱の羽織が擦れる音。
引かれた手から、少しでも私が遅れているのを察すると、歩幅を緩めてくれる気配がする。
目が利かない分、耳と肌が頼りで、彼の小さな変化をすぐに感じ取れた。
──こうならなければ、気づけなかったかもしれない。
水柱の手が、こんなにも優しいということに。
言葉を交わすことはほとんどないけれど、沈黙が苦ではなかった。水の流れに身を任せるような心地よささえある。
そんな沈黙を破ったのは、私自身だった。
「あの、水柱……」
「なんだ」
「私の家がどこかご存知なのですか?」
水柱に手を引かれるがまま進んでいるけれど、ふと自宅の場所を教えていないことに気づいた。けれどかなりの距離を歩いてしまっている。
「知らない」
「すみません! 私すっかりお伝えするのを忘れてしまって」
「知らないが、だいたいの場所はわかる」
「あっ! しのぶ様がお伝えしてくれたのですね!」
さすが、しのぶ様。
「いや。聞いていない」
え……? ならどうして……?
「お前が先日話しただろう」
「私がですか?」
「お前の身の上話を聞いた時、場所を把握した。幼い頃、幹に大きな穴が空いた大木が植っている神社でよく遊んだと言っていただろう。その神社に心当たりがあるだけだ」
──隊の隅にいるような私の話を覚えていてくれた。
これは私が一番幸せだった頃のこと。大切な思い出なのに、この記憶を持っているのは世界で私一人。
家族のいない私だけのものだったのに。その一片を水柱の中の片隅に置いてくれていた。
「ありがとう……ございます」
包帯をしていて良かった。
涙がどうしようもなく溢れてしまうから。
***
例の神社まで行き着くと一旦休憩し、そこからさほど遠くない自宅までを再び進んだ。
懐かしい故郷の香りや風、人々の営みの音を聞いてほっと心が安らぐのを感じた。
庭の野菜は無事だと教えてくれて、井戸から水を汲み水やりまでしてくれる。
けれど、柱にこんなことをさせてしまっていいのだろうか、と不安になっていると、「他の柱は特別な人間として扱われるべきだが、俺はそんな人間ではない」と意味深な事を言う。