第10章 涙の向こうに見た青藍の瞳[冨岡義勇]
目が見えない以上、耳からの情報が頼りだ。
雨が窓を打つ音、風が草花や撫でる音、忙しなく働く蝶屋敷の人々の足音。
世界にはこんなに素敵な音で溢れていたのか──
今まで自分がいかに外の世界に関心をもっていなかったか気付かされることばかりだった。
そんな音に紛れて一つ、静かに戸を叩く音が響いた。
「はい。どうぞ」
今蝶屋敷で療養している女性隊士は私だけ。男性隊士と同室ではとしのぶ様の図らいで、個室を使わせていただいている。
そんな私の部屋の戸が鳴るのは、しのぶ様の回診や食事を知らせに来る蝶屋敷の可愛い子たちが来るとき。それからアオイさんが包帯を変えに来てくれる時間。それらは時間が決まっている。けれどこの来客を知らせる音はどの時間にも当てはまらない。
疑問に思いながらも手探りで戸まで近づくと、急に戸が開いたので思わず転びそうになった。
「うわぁっ」
転ぶのを覚悟で力んだ体は、誰かの腕にはよって抱きかかえられていた。
「すまない。驚かせた」
耳元で低く響く声。この声の主はなぜここにいるのだろう。部屋を間違えたのだろうか。
ぐるぐると考えているうちに、彼はもう一度私に謝った。
「すまなかった」
「いえ! 私がドジなだけです。今、目が見えなくて皆さんに迷惑かけてしまって」
「違う。そうさせてしまったのは俺だ」
細身だと思っていたのに、水柱の腕は、驚くほど逞しく隊服越しに体格の差を感じた。
「い…え。あれは私の咄嗟の判断が間違えていたからです」
「俺がもう少し早く気づいていれば、こうにはならなかっただろう」
「そんな! それぞれ持ち場があって、たまたま私のところに鬼が来たのですから誰のせいと言うのはない…かと」
体勢を立て直しつつ、水柱の腕から離れるように後退りした。
こんなに男性に触れるのは慣れていない。ましてや柱となればなおのこと。
私のような一端の隊士が触れて良いお方ではない。
けれど、私はやっぱりドジだ。平衡感覚が鈍っているのか再びよろけてしまい、水柱の腕に抱えられてしまった。
「無理をするな。抱えていってやる。大人しくしていろ」
言うが早いか、私は返事もできずに抱き上げられしまった。