第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
右腕を失った。多くの仲間も失った。それと引き換えに、何百、何千、何万という命を守った。
──千年続いた闘いが、ついに終わったのだ。
意識を失っている間、夢を見た。死んだ仲間たち、目の前で救えなかった命たち。その中に、蔦子姉さんと錆兎の姿があった。
明るく、温かい世界にいる彼らは、もう痛みも苦しみもないのだろう。一点の曇りもない瞳で、ただ優しく俺を見つめている。
そして、二人は微笑みながら言った。
「ありがとう」
誰もが笑顔だった。
だが、その向こう側に──はなが一人、泣いていた。俺の名を呼びながら、手を伸ばして。
なぜ、その痛みと苦しみのある世界に、はながいるのだろう。
こちらへ来いと腕を伸ばしても、はなは一歩も動かなかった。
「義勇さん……! 一緒に帰りましょう? あなたの帰る場所は、私のいるところって言ってたじゃないですか……!」
涙でぼろぼろのはなを抱きしめたい。苦しみも悲しみもある世界だとしてもはなのもとへ帰りたい。強く、強くそう願った瞬間、俺の意識は浮上した。
そして、口からこぼれたのはたった一言。
「……はなに、逢いたい」
──生き残ってしまった
そうは思わなかった。己の意識の変化に驚いた。
これははなの影響か……。
ぼんやりとそんな事を考えていると、廊下から足音が聞こえた。足音は、俺の部屋の前で止まった。
「義勇さん…?」
はなの震える声が扉の向こうからする。逢いたい。だがこの腕のない姿を見たら泣き出すのではないだろうか。あぁ、そうだ……二十五までしか生きられないと伝えなくてはならない。
それでも、はなに逢いたい。
「入ってくれ」
静かに扉が開いた。久方ぶりに見るはなは、いくらか痩せたように思う。
「義勇さん…!」
「心配をかけた」
「義勇さん、腕が……」
はなは部屋へ入り二、三歩進んだところで俺の腕に気づき立ち止まった。目からは大粒の涙を零している。
「千年にのぼる悲願を達成したんだ。腕の一本や二本惜しくない。命があるだけ有り難いことだ」
はなは両手を硬く握りしめながら、ただ立ち尽くしていた。
「私が右腕になります! だから……」