第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
はなが言わんとしていることはわかる。だが、それは俺に言わせて欲しい。
「近くに来てくれるか」
小さく一歩を出し、恐る恐る近寄ったハナの腕を引いた。
「きゃっ」
俺の胸に倒れ込んだはなは、すぐに離れようと体勢を立て直した。そんなはなを残っている腕でしっかりと抱きしめた。
「義勇さん、傷にさわります。離してください」
「いやだ」
「聞きましたよ。肋骨も折れているし、内臓の損傷も激しいって……」
「はなにずっと触れていない」
「それは…! 怪我が治ったらいくらでも」
「約束だ」
「約束…です」
「もう一つ、約束をしたい」
「何でしょう?」
「痣者になった俺は二十五までしか生きられない。だが、限りある時間をはなと過ごしたい。例え片腕でも、はな一人くらいならば、守ることができる。鬼のいないこの世でお前と静かに暮らしたい。時間は短いが、お前を幸せにすると約束する」
この世は、鬼がいなくとも悲しみや痛みがある。決して幸せばかりに満ちているわけではない。仲間を失った悲しみを忘れることはできないし、取りこぼした命を後悔しない日はない。だが……俺は、その全てがある世界に、はなと共に生きていたい。
「はなの答えを聞かせてくれ」
はなは揺れる瞳で俺を見た。
「どんな未来でも、義勇さんと歩んでいきたい。一緒に生きていきたい。短くてもいい。その分、濃いものにすればいい。だから……私をそばにおいてください」
「初めからそのつもりだ」
はなの後頭部に手を添えて引き寄せた。震える瞼を閉じるはなに、唇を重ねた。
外は雪が降り始めていた。
厳しい寒さの中降り積もった雪が、春の麗らかな日差しで溶け出し、地に染みる。そして新しい命を芽吹かせる。
はなは俺にとってその日差しのようだ。俺の心にある固く凍てついた雪塊を溶かしたのははなだった。
いつかこの命の灯が静かに尽きるとき、俺はきっと今日を思い返す。俺と生きていくと決めたはなのその瞳、この瞬間を。
──はな、俺はお前を心から慕っている。