第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
義勇さんが出立して三日が経った。
毎日鮭大根を作っては、自分のお腹に入れる日々。ちゃんと食べているだろうか? 闘いは始まったのだろうか。何かあれば報せがくるとは思うけれど、果たして私はそこまでの存在になっているのだろうか。
不安と焦りが過ぎる。居ても立っても居られなくなり、思わず納戸の扉を開けた。二つの羽織を取り出して、私は祈るように手を添えた。
「どうか……義勇さんを守ってください」
もし義勇さんに何かあったら…日が経つにつれて嫌な考えが膨らんでくる。
時間は無情に過ぎるばかりで、ただただ私は祈りを捧げることしかできずにいた。
そして、四日、五日、六日と過ぎ、七日目の朝だった。
「はな様! いらっしゃいますか!」
玄関からけたたましい声がきこえた。もつれる足を無理矢理動かして玄関に向かう。
荒く扉を開けると、黒装束の人が息を切らして立っていた。
「あなたは……?」
「鬼殺隊所属の隠のものです。はな様ですね?」
「はい……」
鬼殺隊と聞いた瞬間、心臓が早鐘を打った。
「冨岡様が……」
その名前に、胸の奥でずっと抱きしめてきた祈りが震えた。
これまで積み重ねてきた不安や恐怖が一気に揺さぶられ、喉の奥から嗚咽がこみあげる。
どうか、どうか次の言葉が希望でありますように──。
「……冨岡様が、無事帰還されました!!」
「っ……!!」
視界が大きく揺らいだ。張り詰めていた糸がぷつりと切れ、全身の力が抜けていく。詰めていた息が一気にこぼれ、涙が零れていた。
「私と来てくださいますか? 冨岡様が逢いたいそうです」
「もちろんです!!」
「背負っていきます。私の背にお乗りください」
人様の背に乗るなんて気が引けてしまうけど、そんな事は言っていられない。
「よろしくお願いいたします」
隠の方の背に身を預けると、凄まじい速さで駆け出した。涙で滲む景色が色鮮やかに見える。思えばここ数日、空も花も、道ゆく人の顔色さえも色を失っていた。義勇さんがいなければ、私は世界の色を失ったままだった。