第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
縫い終えてから数日後、鬼の出現が止んだと義勇さんから聞いた。これは嵐の前の静けさに他ならず、無惨が動き出す合図だと。
宇髄さんが伝えにきた伝令は──
『無惨との決戦が近い。伝令を合図に、各自配置につくように』
とのことだと義勇さんが教えてくれた。
配置はお館様が自ら柱と一般隊士に采配を振われたもの。この合図が来れば、命を賭した闘いの火蓋が切られることになる。
胸騒ぎを抱えながら過ごした日々の中で、義勇さんはいつもと変わらぬ冷静さを保ち、道場で精神を統一しつつ鍛錬を欠かさなかった。
──そして、その日は来た。雪の降る寒い日だった。
「ギユウ、タイキジャ」
寛三郎が告げた。いよいよ始まる。
「承知した」
義勇さんは静かに出立の支度を整えた。いつもの変わらぬ光景なのに、目が離せなかった。隊服に身を包む所作も、髪を結う姿も、帯刀し羽織に袖を通す覚悟も。
今日で見納めになるかもしれない──そう思うと、胸がきつく締めつけられた。
「念の為、藤の花の香を炊いた。何があるかわからない。もし不測の事態が起きても俺は駆けつけられない。まず己の身を第一に考えて行動しろ」
「はい! 私は大丈夫です。義勇さん……必ず帰ってきてくださいね。帰ってきたら、たくさん鮭大根を食べましょう」
「あぁ。お前のいる場所が、俺の帰る場所だ」
義勇さんは、私をしっかりと抱きしめた。呼吸を整え、覚悟を決めたように長く息を吐いた。
「行ってくる」
「お気をつけて」
「留守を頼んだ」
「ご武運を……」
この短い会話にどれほどの覚悟と決意が込められていただろう。