第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
何をしている。風邪をひくぞ」
針仕事に夢中になるあまり、義勇さんが部屋に入ってきたことに気づかなかった。
「すみません。羽織を直したくて」
そっと私の隣に座ると、肩から落ちた隊服をかけてくれる。大きな隊服は私の体をすっぽりと覆ってしまう。
「寒くないのか?」
「はい! 義勇さんから体温分けてもらいましたから…」
「足りないのなら、まだ分けられるが」
「いい! いいです! また……あとで」
「冗談だ」
「義勇さんの冗談笑えないです」
「お前は裁縫が得意なのだな」
「得意と言うほとではないです。ただ幼いころ貧しかったから、こうして直してぼろぼろになるまで着るしかなかったんです。でも、それが今こうして役に立ってるから嬉しいですけどね」
日が完全に落ち、行燈の柔らかい明かりが部屋を照らした。枯葉が擦れる音しか聞こえない部屋で、義勇さんは「冷えている」と言って、私を背中から抱きしめてくれる。
「やっぱり……生地が足りないかもしれません」
「生地はある」
「あるのですか!?」
咄嗟に振り向くと、すぐ近くに義勇さんの顔がある。長いまつ毛を伏せた瞳は、羽織をじっと見ている。
「それは、兄弟子と姉の羽織だった」
暫くの沈黙ののちに、掠れた声で静かに言った。
「俺は……生き残ってしまった」
短い言葉の中に、言い尽くせぬ痛みがあった。
そこから義勇さんは過去にあったことを、手繰り寄せるように一つ一つ話してくれた。
時折言葉を詰まらせながら、でも淡々と静かに。
この羽織は二人の命のようなものなんだ。二人の想いを背負い鬼に立ち向かう。きっと、二人が義勇さんの背を押してくれている。
──大丈夫、お前ならできる
そう強く語りかけながら。