第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
足りないはずない。降るような口づけをもらって、たくさん快感を与えてもらって、こんなに距離も近くなった。足りないはずないのに。
「もっと欲しくて…義勇さんが…」
「その言葉を言ったことを後悔することになる」
義勇さんのモノは、もう回復していて再び私をがっちりと組み敷いたまま余す事なく触れて口づけて甘やかしてくれる。
腰が砕けてもいい。義勇さんと一つになれるなら。
結局そこから何度も果てさせられ、意識を飛ばし、解放されるころには月が顔を出していた。
下に敷いていた着物も襦袢もどろどろで、義勇さんも私も交わった痕跡が身体中についていた。
「無理をさせた」
「いいえ。義勇さんとこんな幸せな時間を過ごせるなんて夢みたいです」
「腹減っただろう」
「朝作った鮭大根があります。夕餉はそれにしましょう。用意してきますね」
「いやいい。俺がする」
「義勇さん…炊事できましたっけ?」
「温めるくらいできる。その前に体を拭くものを持ってくるから待っていろ」
「ありがとうございます」
義勇さんは、私に隊服をかけて部屋を出て行った。と思った、戻ってきた。
「忘れものをした」
私の唇に軽く口づけて、また行ってしまった。
あんなに深く交わったのに、こんな軽い口づけにも心臓が踊るほど高鳴るなんて。
義勇さんへの想いがこんなにも大きいのだと思い知らされる。
体にかけられた隊服からは義勇さんの香りがして、鼻腔が義勇さんでいっぱい。
改めて部屋を見渡すと、義勇さんらしく余計なものはなく文机と衣桁と刀掛があるだけだ。
義勇さんは私がくる前はこの広いお屋敷でたった一人で過ごしていたんだ。夜が深くなると任務をこなし、どんなに理不尽な場面に遭遇しても己を保ちまた心を立て直す。きっとそれを繰り返して強くなってきた。
義勇さんの過去に何があったかはわからないけれど、きっとあの羽織にこめた想いが今も義勇さんを奮い立たせているのだろう。だから、私はちゃんと綺麗に直して戻してあげたい。
そう思ったら居ても立っても居られなかった。
客間へ走り、途中だった針仕事にとりかかる。生地は足りないけれど、縫えるところは縫い直そう。
一針一針、慎重に針を刺していく。義勇さんを守ってくださいと祈りを込めながら。