第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
冨岡もその一人、と付け足して宇髄さんは今度私の縫い物をしている手元を見た。
「おいおい傷ができてるじゃねぇか!」
宇髄さんは私の手を取ると、距離を詰めてまじまじと私の指を眺めた。あまりの至近距離に思わず体をのけぞりそうになる。こんな綺麗な人、近くで見たら心臓がもたない。
「は、はさみで切ってしまって」
「ちゃんと薬塗らねぇと化膿するぜ。天元様特製の軟膏塗ってやる」
「こ、こんな小さな傷、すぐ治りますから」
「小さい傷を甘くみちゃいけねぇよ」
「じゃあ、お願い…します」
あまり強く断ることもできずにいると、急に私の手が宇髄さんから離された。
「何をしている」
振り返ると、義勇さんが私の手首を持ったままの宇髄さんに問うていた。
「おう冨岡! はなちゃんの指怪我してるからよ。天元様特製の軟膏塗ってやろうと思ってなぁ」
「……いつの怪我だ。朝はなかった傷だ」
義勇さんの眉間に皺が寄る。そして掴まれたままの手に視線を落とした。
義勇さんの顔もこんな至近距離で見たのは初めてだ。長いまつ毛に、陶器のように白い肌。水が流れるような切れ長の目。思わず見惚れてしまった。宇髄さんの時とは違う胸の高鳴りが体中を駆け巡る。
「はさみで切ってしまっただけです」
「そうか。ところで宇髄、要件は何だ」
「お前の鴉の代わりに伝令伝えにきたんだよ。あの古老鴉、虹丸に着いて俺んとこきたぜ?」
「手間をかけた」
「お前よくあの鴉で任務行けてるな。すげぇよ」
「寛三郎が優秀なだけだ」
「俺の今の話聞いてた?」
「聞いている。寛三郎は優秀だ」
「うん、そぉね」
義勇さんと宇髄さんのやり取りはとても新鮮だった。仲間の前での義勇さんを見ることはほとんどない。だからほんの少し義勇さんのことを知ることができような気がした。
「宇髄は一線から退いたのではないのか」
「それでもお館様から拝命した任務があんのよ」
「俺の任務は何だ」
「私はお茶を淹れてきます」
客間に残る二人がどのような話をするのか、気にならないと言えば嘘になる。けれど、私が聞いたところで何の役にも立てない。歯痒いけれど、これが現実だ。