第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
義勇さんから羽織を受け取ると、彼は私の手元をじっと見つめていた。
「大切な物なのですよね? 義勇さんお帰りになるといつもこの羽織を一番に衣桁に掛けますものね。大丈夫です。ちゃんと綺麗に仕上げます」
「あぁ。俺は少し出てくる」
「夕餉は召し上がりますか?」
「暗くなる前には戻る」
義勇さんは非番の日、どこかでかけても必ず暗くなる前に戻ってくる。任務に出る時は、藤の花の香を焚いていってくれる。
そんな姿を見ると、私を鬼から守ってくれているだろうかと自惚れたりしている。
「お気をつけて」
義勇さんを見送って、羽織を開いてよくみてみると、裂けただけではなく、生地が切れて足りなくなっている。どうしたものか…。
呉服屋さんに行って同じ柄の生地を探そうと街へ繰り出したものの、そんな都合良く同じ柄の生地はない。そもそもあんなに大切にしている羽織に、易々と新しく買った生地を付け足して良いのだろうか。
結局手ぶらで屋敷へ戻り、再び羽織の睨めっこ。
無理矢理縫っても引き攣れてしまう。
しばらく考えて、ふと思い立った。お屋敷のどこかに生地が余っているかもしれない。
今まで与えられた部屋以外、他の部屋は掃除をするためにしか入っていない。
探したら怒られてしまうかな。でも綺麗に直してあげたい。
「義勇さん、失礼します!」
義勇さんの部屋の襖に手をかけた時、
「とみおかー、いるかぁ?」
玄関から来客を知らせる声がした。
急いで手を引っ込めて玄関を開けると、六尺はゆうに超えているだろう男性が立っていた。左手を懐に入れている立ち姿も様になる。
圧倒されたのはその上背だけではない。美しいとの言葉以外当てはまらないであろう、その容貌だ。あまりにじっと見てしまった私に、その方はにっこりと笑って襟元を直した。
「こりゃすまねぇ。驚かしちまったな。俺は冨岡の同僚の宇髄ってもんだ。初めて見る顔だな」
「えっと…はい、私はこちらでお世話になっています、はなと申します。義勇さんは今出ていて不在です。暗くなる前には戻ると言っていましたが、お急ぎの用でしょうか」
「急ぎっちゃあ急ぎだが、焦るもんでもねぇな。また出直すんもあれだし待たせてもらってもいいか?」
「私は構いませんが…」
義勇さんは大丈夫だろうか。