第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
雪がはらりはらりと静かに降る、冬の日。
鬼の出没の報せが暫く来なかった義勇さんの元へ、鴉から伝令が入った。
得体の知れない恐怖に包まれる中、義勇さんは静かに出立の支度を済ませた。
「行ってくる」
私の焦りとは裏腹に、いつも通りの声色で何一つ取り乱すこともなく出立した。
「お気をつけて」
「留守を頼む」
そう一言だけ言って。
義勇さんの背中はいつも通り二つの色を背負っていた。あの羽織の持ち主であった二人の想いを背負うかのように。
義勇さんは口数は少ないけれど、あの羽織を着ることは言葉に出すよりもずっと重い意味を持つ。
「ご武運を……」
小さくなる背中をずっと見送った。その姿が見えなくなるまで。
義勇さんが出立してから随分と日が経った。けれど、義勇さんからの連絡はない。元々多くを語る人ではないから、鬼殺隊が今置かれている状況もよくはわからない。
ただわかっていることは、総力戦が近いと言うことだけだ。それがわかったのも、師である鱗滝さんの門下生、炭治郎君が屋敷を訪ねてきてくれた時に聞いたから。
義勇さんは行く宛のない私を鬼から救ってくれた上に、屋敷に置いてくれている。私は有り難く甘えさせてもらっているけれど、もちろん身の回りのことは一通りやらせてもらっているわけだ。
鮭大根が好きで、静かに瞑想する時間を大切にする。友人は少ないようだけれど、慕ってくれる後輩がいる。
私が義勇さんのことで見て知ったことはこれだけ。
でも、一つだけ彼が私に心の内を話してくれたことがある。
風変わりだと思っていた羽織が破れてしまった時。義勇さんは珍しく私に縫って欲しいと言ってきた。
いつもは私が一方的に食事やら掃除、洗濯をさせてもらっているのに。この日は珍しく義勇さんからの申し出があった。
「この裂けたところを直せるか」
そう言って見せてくれた羽織は、鋭い物で裂かれたのか、大きな穴ができていた。
「直させてください。急ぎですよね? 今日の夜にまた羽織っていかれますものね」
「…急ぎではない」
「でも、急いで仕上げますね」
「頼む」