第8章 evergreen[不死川実弥]
「ただいまァ。ばぁさんからスイカ貰ったぜ」
夕餉の支度をしている私にそっと近寄って、後ろから抱きすくめるように帰宅を告げる実弥さんの手には、大きなスイカが下げられている。
「うわっ! 大きい! 美味しそうですね!」
「だろォ? 冷やしてあるしなァ」
「切りますか?」
「いや…先におはぎが食いてぇ。作ってくれたんだろォ?」
「おはぎ…何でわかるんですか?」
「こんな甘い匂いさせてりゃすぐわからァ。美味そうだ」
首筋に鼻先をつけてすぅっと息を吸う。こんな実弥さんにいつになっても慣れない。
「汗…たくさんかいたので…嗅がないでください」
「甘い匂いしかしねぇ」
「そんなことっ!」
「……はな、悪かったなァ。ただなァ、俺にはこれしか思いつかねぇんだ」
実弥さんは鼻先をそのままこめかみまで滑らさせて、そっと囁いてから私の肩に額をつけた。顔を隠す柔らかい髪が、鎖骨にかかってくすぐったい。
「実弥さん、謝らないで? 最近実弥さんに謝らせてばかりね。私の方こそごめんなさい。もう困らせたりしない。だから顔あげて? おはぎ食べましょ? 夕餉ももう出来上がります。食後はスイカにしましょうか」
鍛え上げられた肩の力が頼りなく抜けているのは、私に気を許してくれているからだろうか。
白銀の髪から透けて見える瞳は伏せられたままで、その瞳にどんな色を浮かべているのかわからなかった。でも、甘えるように額を肩につけたまま、縋るように腕を私の腰に回した実弥さんは、今恐怖と闘ってるんだとわかる。実弥さんは時折こうして襲いくる恐怖をやり過ごす。こんな時、私はただ体温を分けてあげることしかできない。大丈夫、あなたも私も生きてるよって。
「そうだなァ。なぁ……スイカ食ったら、少し外歩かねぇかァ?」
「お散歩ですか?」
「あぁ。ちょうどいい腹ごなしになるだろ」
「はい!」
実弥さんは腰に回した腕に力をいれて、私を引き寄せた。
「少し…このままいいかァ?」
「ふふ。少しと言わずいくらでも」