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夜空に輝く星一つ。【鬼滅の刃 短編 中編 】

第8章 evergreen[不死川実弥]



「いや…いい。ばぁさんち行ってくらァ」

「待って…」

「少し体休ませろ。朝から働きっぱなしじゃねぇかァ」

 実弥さんは私の頭を優しく撫でて行ってしまった。
 いつもこうやって私を大切に優しく扱う実弥さんの手は、右手の人差し指と中指がない。最後の決戦で失ってしまったものだ。でも実弥さんは、指だけじゃなく多くのものを失った。仲間も友人も、自分の命よりも大切だった弟も。

 袖を掴んでいた私の手をそっと離して行ってしまった。残りの時間を少しでも良いものにしたいのに、いつもこうだ。
 以前と比べて喧嘩はしなくなった。と言うより、実弥さんがすぐに『悪かった』と折れてしまうから喧嘩にならない。あんなに血の気の多かった実弥さんが、すっかり丸くなったのは、決して鬼との決着がついたからだけではない。残された時間が僅かで、無駄なことは避けたいからだ。
 
 なのに私は…いつもこうして実弥さんを困らせてばかり。こんな自分が嫌になる。実弥さんがいなくなると考えるだけで、気が狂いそうになってしまう。やめよう、こんなことを考えるのは。実弥さんのように今を大切にしよう。

「おはぎ作ろう」

 実弥さんの大好きな粒あんのおはぎを作って待とう。この何でもない日々を大切に重ねていくんだ。

***

 厨の窓から、トントンと良い音が聞こえる。お隣の屋根はきっと昨日の雹で穴が開いてしまったんだ。修理をする音が実弥さんがそこにいるんだって教えてくれているようで、耳に心地いい。

 実弥さんは二本の指がないのに何でも器用にこなす。私にも惜しみなく愛情を注いでくれる。
 実弥さんが生きた証を私の心の中だけじゃなく、この世に残したかった。でも、実弥さんは首を縦には振ってくれない。いつも私が意地になって不貞腐れて実弥さんが宥めてくれる。本当最悪だ。もうこの話をするのはやめよう。これ以上時間を無駄にはできない。

 頭であれこれ考えてるうちに、もち米は炊き上がって餡子もいい感じに仕上がった。
 外から聞こえていた修理の音も聞こえなくなっていた。きっと今頃お隣のおばあちゃんとお茶をしてる。そうなればもうすぐ帰ってくる。ちゃんと笑顔でおかえりって言おう。

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