第7章 promise[煉獄杏寿郎]
涙に濡れた顔を上げたはなは、嗚咽をもらしながらも俺としっかりと目を合わせた。
とめどなく流れる涙を唇で拭っても、ほとんど実態のない体では涙を拭ってやることもできなかった。
「君に出逢えて良かった。君と過ごした時間は幸せ以外の何ものでもなかった。俺は幸せだ。君と過ごした時間は短かったかもしれないが、濃く深いものだった。はな、ありがとう。愛している。今もこれからも」
そっとはなの唇に重ねてみる。まだ薄らと感じることができる体温が体の中に流れてきた。
あぁ…やはり離れ難い。俺はまた君を置いて行かなかればならないのか。だが俺は生きている。はなの体温を感じることができている。大丈夫だ。俺は生きている!
そして、地響きのような轟音が鳴った。
「杏寿郎様、今日は杏寿郎様の生まれた日です。生まれてきてくれて、私を愛してくれてありがとう。杏寿郎様を愛しています。今もこれからも」
轟音の中、はっきり聞こえたはなの声が耳の中でこだましている。
雷鳴はいつのまにか消え去り、静寂が俺を包んでいた。
まだ目は開けられない。目を開ければ、見慣れた天井が広がっていることはわかっている。
例え夢だったとしても、まだ愛しさの余韻に浸っていたい。
溢れて止まらない涙が、こめかみを伝って枕に染みる。
一目逢えればと何度も願っていた。いざ願いが叶うと欲張りになる。もっと…と。
最後に泣いたのはいつだったか。遠い昔のことで記憶にもない。それが今、とめどなく溢れてしまう涙を止められなかった。
「はな…はな…」
情けなく洩れる愛しい名が、暗闇に溶けてしまわないように手の甲で唇を押さえた。
すると感じる手のひらに収まる柔らかい感触。
はなが持たせてくれた巾着だ。実態のない体でどう持ってこられたのかは見当もつかない。
夢ではなかった。俺は確かにはなに逢い、我が子に逢ったのだ。