第7章 promise[煉獄杏寿郎]
まだ小さな君は、俺の顔をじっと見つめていた。
きっとこの日の事は記憶に残らないかもしれない。だがはなのことを託せるのは君しかいないんだ。
「はなを頼む。君の母は寂しがりやなんだ。だからはなが寂しがった時は、その手で温かさを分けてやってくれないか? それともう一つ。君は大きく羽ばたいて欲しい。自分が正しいと思った道を自信を持って歩んで欲しい。俺は君の歩む道を信じている」
君は俺の顔を見つめたまま覚えたての笑顔を見せてくれた。都合の良い解釈かもしれないが、それが俺には任せろと言っているように見えたのだ。
「ありがとう。父は君とはなを心から愛している」
雷鳴がまた近づいてきた。大粒の雨が地面を叩く音が響き、俺の体も薄く透け、手のひらの向こうに子の姿が見える。
そろそろ時間のようだ。俺はいるべき場所へ戻らなければならない。
「杏寿郎様!!」
「俺はそろそろ戻らなけらばならないようだ。短い時間だったが、君とこの子に逢えて思い残すことはない。本音を言えばこの先も共にいたいがな」
「やだっ!! 行かないで…お願い…行かないで…せっかく逢えたのに…行かないで…一緒にこの子の成長を見届けましょう? ねっ?」
「そうしたいのだが、体が消えてしまう。この先の世界で必ず君を探し出すと約束する!!」
体はどんどんと薄くなり、雷鳴はいよいよ頭上から鳴っているかのように大きくなる。
「絶対ですよ! そのためにこれを! これを持って行って下さい。きっと私と杏寿郎様を繋いでくれます」
まだ消え切らない手のひらに乗せられた小さな袋。
机に突っ伏して眠っていたはなが直前まで作っていたのであろう小さな巾着は、赤と橙色の縮緬ちりめんの生地に炎の紋様が刺繍してあるものだった。
「わかった。必ず身につける! だからはな、顔を上げてくれないか?」
俺の消えゆく手にしっかりと巾着を握らせたまま、はなはその手を額につけて小さく震えるばかりだ。
はなの顔が見たい。君に伝えたい事があるのだ。
「はな…」
「はい…」