第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
腕の中ではなが緩く身じろいだ気配で目が覚めた。
先に目覚めたはなは、俺の二の腕に口づけを落としていた。
柔らかい感触に寝たフリを続けようと思っていたんだ。君がこうして俺に自ら唇を寄せるなど珍しいことだからな。まだその甘い感触に浸っていたかった。
君は俺の傷に気づかなかった事を謝った。でもな、違うのだ。俺が君に悟られないようにしていたのだ。君を後ろから愛したのもそのせいだ。
君を腕の中に閉じ込めておきたかった。もし気が付けば、君は腕からすり抜けて、まるではなが怪我をしたかのように俺から痛みを奪っていくだろう。
君は高尚な優しさを持っているから。
だが俺は切なく謝る君の声を聞いても寝たフリを決め込めるほど器用な男ではないし、泣きそうな君に口付けてしまうような、堪えもない男だ。君が瞳に映すものは俺だけであって欲しいと、桜にさえ浅ましい嫉妬をする狭量な男でもある。
それに加えて、せめて君を抱く間だけは君の目を眩ませて欲しいと願うようなずるさも持っている。
きっと俺はまた君のことを、懲りることなく、飽きることなく求める。
どんなに君が呆れても、俺は君をこの胸に抱き寄せて口づけをする。
だがそんな俺を君は尽きることのない愛を与えてくれる。
恋を知り、愛を知った。心も体も満たされる幸せを知った。俺をただの男にしてくれるのは君だけだと知った。
桜よりも美しい笑顔を咲かせ、桜よりも甘く香る君。
俺ははなを心から愛している。
──終──