第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
懐かしむ眼差しで、ほわりと柔らかい光を放つ提灯を見つめる杏寿郎様の横顔は息を飲むほど美しい。
「杏寿郎様はそのお祭りで何を楽しんだのですか?」
「うむ。俺は射的で一等の景品だったキャラメルが欲しかったんだ。だが、母に射的を強請ることはできなかった。俺もまだ小さく引き金を引く事もできなかったしな」
千寿郎君が生まれる前の本当に幼い頃の記憶を、大切に手繰り寄せて大切に言葉にする杏寿郎様の手を、私は強く握り返した。まだ小さかった手に、大きな射的の銃は残酷なほど重かったのだ。
「羨ましかったんだ」
そうぽつりと言った。
「羨ましい…?」
「父に景品をとってもらえる子が」
少し淋しそうに私を見て、でもな、と続けた。
「母が、金魚掬いをしようと手を言って手を引いてくれた。母は器用な人だったからな、俺が欲しいと言った金魚をいとも簡単に掬ってしまった。きっと母は気づいていたんだ。見知らぬ親子に向けた俺の羨望の眼差しに」
「杏寿郎様とお祭りに来られて良かったです。また一つ杏寿郎様の大切なものに触れられた気がします。今日は、私が杏寿郎様のお強請りをききます!」
杏寿郎様にとってのお祭りは、淋しさと温かい愛の思い出が交差する特別なものなのだ。
「そうか!! そうだな…俺は君と忘れられないくらい愛おしい思い出を作りたい」
「はい! 杏寿郎様、いっぱい楽しみましょうね! まだまだ時間はたっぷりあります!」
それから二人で一つのりんご飴を頬張った。甘酒も飲んで、口の中は甘さでいっぱい。
もちろん射的もした。杏寿郎様は剣だけじゃなく、銃の腕前も見事だった。
杏寿郎様は夕餉をあんなにたくさん食べたのに、焼き鳥を十本平らげた。
すごくすごく楽しかった。これが恋人たちが楽しむ逢瀬なのだ。