第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
夜桜見物に行こうと誘ってくれた杏寿郎様の手に引かれて行き着いたのは、夜桜まつりの会場だった。
たくさんの人でごった返していて、提灯に照らされた桜を愛でる人たちと露店を楽しむ人たちの声で、溌剌とした杏寿郎様の声でさえかき消されてしまうくらい賑やかだった。
夜に出かける事に慣れていない私の目は、見慣れないものばかりで忙しなく動いていたと思う。
「りんご飴でも食べるか?」
そんな私の耳に口元を寄せて、控えめに話す杏寿郎様の声は妙に色っぽくて、胸が高鳴った。
でも理由はそれだけじゃない。こうして外へ繰り出す前に杏寿郎様は爪を丁寧に整えていたからだ。
長い任務で伸びた爪先が滑らかになるようにヤスリで丁寧に。
それは、私を抱くためだと知っている。
杏寿郎様は私の曝け出した本心を拾い上げて、大切に胸にしまってくれた。その証が爪を整える姿のような気がして、一気に体温が上がった。
「りんご飴食べたいです」
りんご飴の味がわかるのだろうか。これからきっと逢えなかった分だけ抱かれるのだ。それがわかっているのに、呑気に味わえるのだろうか。
「ん? うるさくて聞こえなかった」
「りんご飴食べたいです」
聞き返すフリをして鼻先を私の耳の下につけてスンと息を吸った。
一つ一つの所作が、これから染め上げられるであろう杏寿郎様の色を想像してしまってむずむずとした疼きが下腹部に生まれてしまう。
「よし! 射的もあるな! それから…焼き鳥か! 君も食べるか?」
今度は明るい声で返事をして、杏寿郎様は嬉しそうに当たりを見渡した。
「私はもうお腹いっぱいです。でも、甘いものは別腹ですよ」
「甘いものか! 他に何があるだろうか」
目を輝かせて見渡す姿は少年のようで、こんな一面もあるのだと新しい発見をした気持ちになる。
「金魚掬いもありますね!」
まるで夏祭りのように所狭しの並んでいる露店に一つ一つ目を移していく。
「昔…母に連れられて行った祭りを思い出すな」
「瑠火様と?」
「あぁ。父は祭りの季節は忙しいからな。千寿郎もまだ生まれていなかったから母と二人で」