第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
全身が温かいものに包まれている。
いつもは糸が切れたように意識を飛ばしてしまう情事の終わりも、今日は杏寿郎様の声を耳に残したまま眠りについた。
この素敵な夜をもっと目に焼き付けておきたかったけれど、杏寿郎様の体温に包まれたら、抗えない睡魔に襲われてしまった。
耳元で囁かれた『愛してくれてありがとう』。この言葉は、眠気によって最後まで紡げなかった私の伝えたかった言葉と同じだった。
私も言いたかった『杏寿郎様、ありがとう。私を愛してくれて』と。
***
何も身につけていない体が纏う杏寿郎様の香りで、ゆっくりと意識は浮上した。
香りの正体は杏寿郎様の濃い若草色の羽織と銀鼠色の着物。
私が寒くないようにと、着物をかき集めてみっちりと私の体を包んでくれたのだ。
嬉しくてそれを鼻先まで持ち上げると、杏寿郎様の香りに混じるヘリオトロープの香りで満たされる。
それはお互いの香りが移るほど体を寄せ合っていたことを物語っていて、思わず顔を埋めた。
体に回されている杏寿郎様の腕が、私の動きに反応してきゅっときつくなった。
起こしてしまっただろうか。おずおずと顔をあげれば、規則正しい寝息が静かに聞こえて安堵した。
背を壁につけたまま、上体を起こした体勢で私を包む杏寿郎様は寝づらくないのだろうか。細心の注意を払いながら首を捻ってみると、とても幸せそうな寝顔で眠っていた。
太陽のような琥珀色の瞳を隠し、凛々しい眉が力なく下がる寝顔は幼さが顔を出す。
けれど、頬に影がかかるほど長くて綺麗に生え揃ったまつ毛と、形の良い唇は色気を醸し出している。
眉目秀麗とは、杏寿郎様のための言葉ではないかとうっとりと見入ってしまう。
太陽のような瞳を持つ杏寿郎様だけれど、隊服の下に隠した肌は驚くほど白くてとても綺麗だ。この肌と私の肌が重なっているんだ…。
起きないことを良いことに、抱きしめられている腕に唇を押し付ける。
二の腕を辿っていくと、肩口に綿紗が貼り付けられていることに気づいた。
「怪我…?」
あぁ、そうか…。だから杏寿郎様は、今日は後ろから私を揺さぶったのだ。怪我に気づかれないように。
「痛かったですね。杏寿郎様…」