第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
俺の隊服を握り腰を震わせ、やっと立っているはなの姿はやはり熱が籠る。
「腰が抜けそうだな」
はなの腰を支える腕に力を入れれば、銀の糸を引きながら唇は離れ、蕩けそうな目を俺に向けた。
「杏寿郎様…」
「君を花見に連れて行きたい。屋敷へ戻る途中で桜祭りをやっていてな。提灯が下がっていたところを見ると、夜桜を楽しめるのであろう。どうだろうか?」
「良い…のですか?」
目を輝かせて俺を見る瞳に、桜を見る前は何がなんでも我慢をと強く己を律した。
「あぁ。勿論、君の手料理を頂いてからだがな?」
はなの肩越しに、くつくつと良い音を立てて筍が煮えている。どんな想いで、ここに立ち夕餉の支度をしていたのだろうか。
やっとはなの手料理にありつける。
腹は空になり、この出汁の香りにさえ美味いと口をついて出てしまいそうだ。
甘い香りに胸は満たされた。次は腹を満たす番だ。
そうだ、花見の約束をしていると言った隊士は、無事に愛しい人元へ帰れただろうか。
愛する者に逢えただけで、ここまで心が満たされる。
あの青年も俺と同じように満たされているだろうか。
「君がこうして食事を作って待っていてくれる。俺は誠に幸せものだ。それにだ、今日は特別な君がいる」
ふわりふわりと香る甘い香り。春の陽気に溶ける花のような可憐な香りが、おかえりと言っているようだ。
いつだって、俺の帰るべき場所は君のいるところだ。愛する者との約束は何より強い。
明日をもわからぬ俺は、敢えて約束を口にする。必ず帰ると、己に言い聞かせるためでもある。
あの青年も愛する者の元へ必ず帰ると気持ちを強く持つ為に、花見の約束をしたのだろう。