第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
鬼の頸は難なく狩れた。
まだ月の色が濃く、辺りは密度の高い濃紺の闇が覆っている刻のころだった。
鬼に襲われていた女性を青年が抱え、俺が頸を斬った。
手こずることなく斬れたが、足場も悪く狭い崖の上で鬼の血吹雪に驚いた女性が身を捩った。青年は体勢を崩し女性を抱えたまま足を踏み外してしまった。咄嗟に二人を庇った俺は両腕が使えないまま下へと落下し、その際に木の枝が肩口に刺さってしまったと言うわけだ。
「だから行きなさい。君の帰りを待つ人がいる」
「でも、それは炎柱も同じですよね?」
「俺の待ち人は辛抱強いのでな」
俺の元を離れようとしないこの青年を少しでも早く帰してやりたい。今ある一瞬を大切にしてもらいたい。限りある命なのだから。
まもなく夜も明ける。この山間の場所でこれほど咲いているのだから、山を下れば桜は満開。花見に間に合わなくなる。俺は間に合わなくとも、この青年だけは。はなには精一杯詫びをしよう。怒らせてしまった上に花見もさせてやれないとは不甲斐ないが。
「俺は柱だ。後輩たちの生活を優先することは至極当たり前のことだ」
はなもまたそれを心得ている。だから…行きなさいと二度目の命令を出そうとした時、大きな音を立てて襖が開いた。
青年と俺の目線は開け放たれた襖に注がれる。そこには襖の尺をゆうに超えた男が頭を屈めながら部屋へ入る姿があった。
「よぉ煉獄! 怪我したんだってなぁ? 天元様特製の薬持ってきてやったぞ」
どこで聞きつけたのか、宇髄は花の香りも血の匂いさえも消し去ってしまうほどの強い香りを放つ薬を手に、遠慮もなくずかずかと詰め寄ると、青年を押し込む勢いで俺と向い合わせに座った。