第6章 咲 き 香 る[煉獄杏寿郎]
ある程度の長丁場は覚悟していたが、想像以上に次から次へと舞い込む鬼の目撃情報に息をつく間もなく駆けずり回った。
羽を休めず伝令を伝える要に、はなへの言付けを託すことはあまりに酷で、小さな相棒の羽を撫でながら諦めた。
桜が五分、七分と咲き溢れる度に焦りを覚えた。散ってしまうのではないかと。
花弁の舞い降る中で、はなはどんな顔をしているのだろうか。
顔を合わせることもなく出立してしまった。たった一通の文だけを残して。
桜の開花を喜んでいるだろうか、寂しさを感じているのではないだろうか。それともまだ怒っているだろうか。せっかくの春の日に機嫌を損ねさせてしまった。あれは完全に俺のせいだ。
任務を共にする隊士達の話題も、もっぱら桜についてだった。どんなに美しく咲き誇っても、はなと共に見上げる桜でなければ意味がない。
「炎柱は、お花見とかされるのですか?」
任務を共にする隊士に問われた。月夜に浮かぶ桜は確かに美しい。昼間にはまた違う顔を見せてくれる。
目の前に悠々と立つ一本の桜を前に、隊士達はため息混じりに見つめながらそう問うた。
青く茂る木々の中に紛れて咲くたった一本の桜は、あまりに異質だった。夜の闇にも染まらずに月明かりを受けて輝く花弁がはなの持つ美しさと重なった。
はなは血に塗れた世界で、美しいものを見せてくれる。
淡く頼りない色彩ながら漆黒の闇に染まらない強さを持っている。
そんな君がどんな顔をして桜を愛でるのか。俺は知りたい。
「するぞ! 愛おしい花が、桜を愛でる姿を眺めるのが俺にとっての花見だな」
「えっ?」
「桜より美しく、良い香りのする花を俺は知っているのでな」
「はぁ…」
何のことやらの隊士を尻目に、桜へ手を伸ばす。指先で触れれば、ふわりと揺れる。
柔らかい花の感触は、はなの頬のようで思わず笑みが溢れた。はなもこの桜のように笑顔を綻ばせてくれるだろうか。
「炎柱、変わりましたね」