第5章 一等星
「なんだよ、お前…!」
藍田さんの声が遠くから聞こえてくる。
キスされたのかと思い絶望したけれど、どうやらそうではないらしい。
そばには清瀬さんが立っていた。
唇に触れたのは彼の掌で、その体を盾にして私を守ってくれている。
「えー、ナニナニ?
"キスをする前に被害者を強引に抱き寄せたり顔を掴んだ場合は、そのような動作自体が暴行になります" だってさ」
清瀬さんはスマホに視線を落とし、ネットの情報らしきものを読み上げる。
「は?」
「知らなかったなぁ。これ暴行未遂ってことか」
「バッカじゃね?拒否されなかったんだから合意の上に決まってんだろ!つか誰だよ!」
「ご、合意なんてしてない!声が出なかっただけで…」
「は?その気もないのにノコノコ付いてきたわけ?」
「無理やり連れて来たのは誰!?」
「はぁ…。いるんだよな。そうやって被害者ぶる女!」
信じられない…。
何キレてるの?
「俺には、風見さんが強引にキスを迫られてるように見えたんだが」
「見間違いだろ?お前が言う暴行未遂とやらの証拠はあんの?」
「被害者と目撃者の証言があれば、十分証拠になるんじゃないか?あ、もう来た」
清瀬さんは視線を宙に泳がせながら何かに気づいたように呟いた。
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。
「すごいなぁ、警察ってのは。こんなに早く現場に到着するものなのか」
警察という言葉を聞いた途端、藍田さんの顔は焦りの色を持つ。
「てめ…っ、頭おかしいんじゃね!?」
腹いせなのだろう。怒声とともに清瀬さんのスマホを奪い、地面に叩きつける。
ディスプレイは蜘蛛の巣のようにひび割れた。
「酷い…っ!」
スマホに気を取られている隙に、藍田さんは声の届かない場所まで遠ざかっていく。
「へぇ、悪くないフォームだ」
逃げ去る姿に呑気な感想を述べる清瀬さん…。
清瀬さんが来てくれて、心底ホッとしたし嬉しかった。
けれど警察を呼んだとなると、今度は別の緊張が生まれる。
私、これから事情聴取されるの…?
戸惑う私をよそに、近づいてきたパトカーはあっさりと公園を通過していく。
「…あれ?」
「通報なんてしてないからな」
「え!?」
「たまたまパトカーのサイレンが聞こえてきたから。まんまと騙されてくれただろ?」