第5章 一等星
今、一番会いたくない人物がそこにいた。
職場まで来るなんて、一体どういうつもり…?
「電話が繋がらないから待ってたんだ。飯でも行こうよ」
呆然とする私に構うことなく、手を握られる。
嫌だ、本当に、嫌……!
「お疲れ様でした」
私たちを見ても表情ひとつ変えずにそう言い残し、清瀬さんは立ち去ってしまう。
助けを求めたかったけれど、それは都合が良すぎる。
自分で何とかしなきゃ…。
「やめて…」
喉から絞り出した声は震えていた。
手を振り払い、藍田さんと距離をとる。
「どうしたの?人前でくっつくの恥ずかしいとか?場所変えよっか」
「や…!」
声が届いていないのか、強く手を引かれ近くの公園に連れ込まれた。
この人、おかしい。
私が拒絶しているなんて、夢にも思っていないような態度。
「さつきちゃんのこと好きになっちゃったんだよね。俺たち、付き合わない?」
「お断りします…」
「……プレゼントまで受け取ったくせに?」
「あれは今日送り返しました!どこでうちの住所知ったんですか!?」
職場のデータくらいしか思い当たらない。
そんな杜撰な管理をしているなら、本院の所長に話をしなければ。
勝手に住所を調べられるような環境がどんなに非常識か、真剣に訴えなきゃ…!
ところが当の藍田さんは、悪びれもせずにあっさりとこう告白する。
「どこって。さつきちゃんを家に送ったことがあるから知ってただけだよ」
血の気が引く。
送ってもらったことなんて、ない……。
「もしかして…歓迎会の日、後を付けてたんですか…?」
「やだなぁ。夜道は危ないから送ってあげたんだって。交番が近くにあるなんて嘘ばっかり。俺に遠慮してあんなこと言ったの?」
「ちが…」
「俺たち気ぃ合うしさ、付き合ったら楽しいと思うんだよね」
だめだ……。
怖い……気持ち悪い……話が通じない……。
「緊張してんの?カワイイ。大丈夫。俺、女の子には優しいからさ」
片手で抱きすくめられ、もう一方の手で顔を掴まれ、強引にキスされそうになる。
恐怖で声が出ない。
手のひらで抵抗するのがやっとだ。
ろくに力が入らない女に抵抗されたところで、目的を達するのはきっと容易い。
「ほら。こっち向いて」
私の唇に、温かいものが触れた。