第5章 一等星
翌日のグラウンドに清瀬さんはいなかった。
別の陸上チームに出張らしく、正直ホッとしている。
同じ空間にいて平然としていられるほど、まだ心穏やかではない。
蔵原くんの右膝は、もうリハビリの必要がないほどに回復した。
トレーニング後のマッサージだけは継続しているため、習慣のように私が担当する。
「だいぶ調子良さそうですね」
「はい。おかげさまで」
「思ったより治りが早くて安心しました」
リハビリ中は筋力維持を中心としたトレーニングだったけれど、今は記録を伸ばすためのメニューにシフトしている。
短期間で着々と元の記録へ戻りつつあり、蔵原くんへの周りの期待は大きい。
さすが初出場の箱根で区間賞を獲っただけのことはある。
しかも、あの年の蔵原くんの記録はまだ破られていない。
「これで終了です。お疲れ様でした」
「ありがとうございました。
……あの、風見さん」
全てが終わり片付けに入ったタイミングで、蔵原くんに呼び止められた。
「はい?」
周りを見渡し人がいないことを確認したあと、言葉は続く。
「立ち入ったことかもしれませんけど…ハイジさんと付き合ってるんですか?」
「……付き合ってませんよ」
そうだった。
最後に清瀬さんと話した時、蔵原くんもあの場所にいたんだ。
「気を遣わせちゃいましたよね。すみません」
「いえ、そんなことは…。ただハイジさん、あの日からちょっと変で…。あ、変なのは元からなんですけど、更に変で」
蔵原くんとはあまり私的なことを話したりはしない。
口数が多いタイプではないし、思うようにトレーニングを進められないもどかしさもあってか、最近は厳しい表情をすることが多かった。
人とのコミュニケーションでストレスを発散できる選手もいれば、そうではない選手もいる。
蔵原くんの場合は恐らく後者だと察して、雑談はほどほどにしていた。
そんな蔵原くんからこういう話を切り出されたものだから、少し驚いた。
「変って、何かあったんですか?」
「気がつくと上の空っていうか、考え事をしているような感じで」
「私とは関係ないんじゃないですか?」
ただ疲れているだけとか、他にも色々と理由は考えられる。
「昨日、俺と他の選手の練習メニューを間違えたんですよ」