第1章 One Night…?
頭で現状を処理すること数秒。
「聞こえなかったか?俺と、」
「聞こえてます聞こえましたっ!なんで私なんかと…!」
「そんな言い方は良くない。君の志には感動した。仕事に対する意気込みも選手に向ける姿勢も。風見さんになら選手を任せられると思ったんだ。君は、芯があって素晴らしい女性だ」
酔いに任せて仕事のことを熱く語り合ってしまったのか。
それで意気投合して…というところだろう。
清瀬さんの口振りからそう推測してみる。
「買いかぶり過ぎですよ…。仕事熱心な人なら他にもいます。
すみません、昨日のことは忘れてください。清瀬さんは素敵な人ですし、コーチとしても尊敬しています。でも、今の私には、恋愛はまだ無理なんです」
「……そうか。残念だな」
酷い女だ。
きっと清瀬さんは、無理矢理ここに連れ込んだわけではないだろう。
昨日、私に気持ちを伝えたとも言っていた。
ということは、私は清瀬さんの気持ちを承知の上で体を許したのだ。
「最低……」
清瀬さんのアパートからの帰り道、自己嫌悪が重くのしかかる。
いくら過去の傷が疼くからって、別の男の人にその痛みを癒やしてもらおうだなんて。
自分のしたことが本当に浅ましくて、頭痛が更に増していく。
電車を使う気力はなく、早朝の街をタクシーで自宅まで駆け抜けた。
急いでシャワーを浴びてメイクをして、出勤の準備を整える。
鏡の中の私は酷く疲れている。
これからも清瀬さんとは、毎日顔を合わせなければならない。
自業自得だけれど、この上なく気まずい。
せめて、誰にも私たちのことを勘ぐられないようにしなくては。
「さつきさーん!昨日あの後どうだったんですかぁ?清瀬コーチと!」
「お前結構ウザかったよなぁ。もっと飲みたい!って絡んで」
「清瀬コーチみたいに誠実な人が彼氏だったら良かったのに!とも言ってましたね」
「……」
最っ悪だよ私……。
出勤して早々、同僚二人に昨夜の醜態を突きつけられる。
この件を掘り返すことはしないと決めていたけど、これはもう、清瀬さんに改めて謝罪したほうがいいレベル…。
「ねえ…、彼、迷惑そうにしてた…?」
「いいえ。ずっと笑顔でしたよ。まあ大人の対応ともいいますかね」