第4章 桜の頃までそこにいて
週末、私は友人であるルリちゃんの家を訪れた。
暇な時にはお互いの部屋を行き来している私たち。
お酒を飲みつつデリバリーで美味しいものを頼み、ダラダラと喋りながら夜更かしした挙句いつの間にか寝落ちする……というのが定番。
今夜は持ち帰った仕事があるらしく、彼女がパソコンに向かっている間に私がおつまみのカルパッチョとイカ焼きを用意する。
私が作るカルパッチョは、スーパーで買ってきたサラダに刺身を乗せ、市販のドレッシングを回し入れただけの子どもでも作れるようなお手軽料理。
イカ焼きに至ってはその名のとおりイカを網で焼くだけ。
メインは近所にある中華料理屋さんの出前だから十分だろう。
メニューに統一性がないのは重々承知だが、そんなことは気にしない。
顔馴染みの店員さんが熱々の餃子とレバニラ炒めを届けてくれたところで、ルリちゃんの作業状況を伺う。
「もう食べられるけど、どう?まだかかりそう?」
「大丈夫、丁度終わったとこ。あーっ、お腹空いた!」
「それって、箱根駅伝?」
「うん。今度うちの会社の動画に蔵原くんを起用するかもってことになってね。過去の大会の映像を編集してたんだ。これは箱根に初出場した年のもの」
パソコンに映し出されている人物は、寛政大学のユニフォームを着た蔵原くん。
「あ、このあと清瀬コーチも走るから見てみなよ!」
一時停止された画像が動き始める。
皮肉なものだ。
走る清瀬さんを見てみたいと願った時には叶わなかったのに。
こんな状況になってから、過去の彼に出会ってしまうなんて。
9区を走り終えようとしている蔵原くんが襷を外す。
画面は中継地点に切り替わり、他校の選手とともに清瀬さんが現れた。
少年のあどけなさを残したような、数年前の清瀬さん。
待ち構えるその表情は、これから最終区間を走るとは思えないほど穏やかだ。
蔵原くんを捉えた瞳は、微笑んでいるようにすら見える。
手から手へ、黒い襷が繋がれる。
序盤からスピードに乗る清瀬さん。
襷リレーの瞬間とは打って変わった真剣な瞳で、前だけを見据えている。
その姿から、目を逸らすことができなくなる。
清瀬さんが、走ってる───。