第4章 桜の頃までそこにいて
……!?
「なっ…名前!?しかも呼び捨て!!」
まんまと立ち止まってしまった。
自分で追えないのなら、私が足を止める手段を考える───何て策士なの、清瀬灰二…!
「君が話そうともせずに逃げるからだ!」
三人だけのグラウンドの中、私と清瀬さんの声が行き交う。
蔵原くんは居心地の悪そうな怪訝な表情を見せながらも、何も触れることなく荷物をまとめ、一人帰っていった。
ゆっくりと、清瀬さんが近づいてくる。
「……清瀬さんとは、恋愛できません」
「どうして」
「私と清瀬さんは同じ気持ちじゃないって、わかったから」
「すまないが、言ってる意味が理解できない」
「私も清瀬さんのことがわからなくなりました」
「何のことだ?」
「だって…清瀬さん、私には一度も言ったことないでしょう?」
「 "私には" …?何を?」
言い聞かせるみたいな真剣な声色で、白河さんに告げていたあの言葉。
それを耳にした瞬間気づいてしまったのだ。
むしろ、今まで気づかずにいた私が馬鹿だった。
「 "好き" って言葉」
涙が頬を伝う。
親しくなってからのことを思い返してみた時、清瀬さんは一度だってこの言葉を口にしてくれたことはなかった。
これ以上私の中に入ってこないで。
清瀬さんとこんな関係にならなければ、別の傷まで負わずに済んだのに。
「風見さん!」
引き止める声に構うことなく、足早にグラウンドを後にした。
私はきっと、恋愛に関してはずっと曙の空を彷徨ったままなのだと思う。
薄暗い世界の中、直視しないままでいた方が自分を守れることだってある。
今は衝撃が大きいせいで涙が溢れるけれど、このまま清瀬さんから離れてしまえば、芽生えた感情は跡形もなく消えるだろう。
恋じゃなかったんだって、いつかそう思える。
翌日、あのグラスが届いた。
清瀬さんと一緒に作った、水槽を思わせるターコイズブルーのグラス。
使うことなんて、できるわけがない。
だからといって捨てることもできず……。
白い小包を開けることなく、私はそれをクローゼットの奥へ追いやった。