第4章 桜の頃までそこにいて
10区ともなると、主に注目されるのは常連二校の優勝争い。
しかしながら初出場の寛政大が追い上げを見せており、その実況にも熱が篭っていた。
『横浜大を振り切って更にペースを上げる、寛政大・清瀬灰二。10人で繋いだ希望を未来へ託すため、走ります』
結果はとうに知っている。
この年の箱根駅伝で寛政大は10位に滑り込み、翌年のシード権を獲得した。
それでも、清瀬さんが選手として走る姿を、ゴールする瞬間まで目に焼き付けたいと思った。
汗を流しながら、時折眉を潜めて何かに耐えている。
膝が限界なんだ……。
画面越しからもそれが伝わってくる。
『寛政大です!5番目に大手町に駆け込んで来たのは、なんと初出場、寛政大学!』
気づけば頬には、温かいものが伝っていた。
これほど美しく走る人を、私は見たことがない。
ゴールする瞬間の清瀬さんの顔は、私が知るどんな笑顔よりも眩しかった。
清瀬さんは蔵原くんに抱きとめられたあと、その腕の中で満たされたように微笑む。
こんなにも走ることを愛した人が、この日を最後に走れなくなるなんて。
清瀬さんは、それをわかっていながら走ったんだ。
どれだけの覚悟でこの道を駆け抜けたのだろう。
「さつき…?」
「ルリちゃん…私、失恋した…」
「………は…、どうして……だって、好きだって言われたんでしょ…?」
「言われてないもん…一度も…」
清瀬さんを思うと、こんなにも涙が溢れて止まらない。
今、桜は満開。
終わってしまった私の恋を置き去りにして、花は咲き誇っている。