第4章 桜の頃までそこにいて
目を見ぬまま、淡々と業務連絡を行う。
とにかく、こういう時こそ仕事上の伝達ミスだけはしないように注意を払う。
同僚だった元彼と別れた直後、私情を捨てきれなかったことからコミュニケーション不足に陥り、ちょっとしたトラブルを招いた案件があった。
最悪の過去からも教訓は得られているというわけだ。
そして私は、新たな教訓を胸に刻む。
もう二度と、絶対に、金輪際、仕事関係者と深く関わることはしない、と。
何度か会話はしてみても、目を合わせられない。
我ながらこんな態度、社会人失格だと思う。
次に話す時こそは……このマッサージが終わったあとこそは……と、意を決して顔を見ようとしたけれど、上手くいかない。
今日の私にとってはこれ以上ないほどの難題なのだ。
清瀬さんの視線を真っ向から受け止めるなんて……。
午後から夕方にかけてひたすら練習は続き、蔵原くんの施術が全て終わる頃には月が顔を見せていた。
グラウンドに持ち込んだ物品を片付けた後、最後に挨拶をしようと歩み寄る。
今日、ここで初めて清瀬さんの顔と向き合った。
「お疲れ様でした」
頑張った、私───。
「お疲れ様。今からカケルと食事に行くんだけど、風見さんもどう?」
「すみません。私は結構です」
「俺のこと、避けてる?」
気づかれていた。
当然か。一日中、あんな態度だったんだから。
人の感情の機微を汲み取れる清瀬さんが、気づかないわけない。
「……話したくないんです」
「風見さん、待って。どうした?」
肩に手が置かれた。
嫌だ、泣きそうだ。
決定的になってしまうのが怖い。
聞きたくない、知りたくない。
「もう構わないで…!」
手を振りきって走り出す。
清瀬さんはきっと追ってくることはできない。
『咄嗟に走り出さなきゃならない時、俺の脚は素直に言うことを聞いてくれないんだ』
そう語ったのは、彼自身。
だからこそ、逃げ切れると確信していた。
「カケル!捕まえろ!」
は!?そんなのズルい!
「えっ、はい…!?何事ですか…?」
蔵原くんだって戸惑うに決まっている。
あたふたする手が控え目に私の体に伸びたけれど、その横を通り過ぎグラウンドの出口へ向かう。
「待てって!さつき!!」