第4章 桜の頃までそこにいて
こちらはこちらで騒がしい。
心を乱す会話が聞こえてこないよう、私もその輪の中に混ざることにした。
「何それ!ブロックされちゃったのー?カワイソー!」
「可哀想だと思うなら誰が紹介しろ!」
「どうせいつもの調子で失礼なこと言ったんじゃないですかぁ?そういうとこ直さないと!」
こんな感じの三人でのやりとりが、今は助かる。
気にしない、気にしない。
今夜は気の置けない同僚と楽しい時間を過ごしに来たんだから。
なんて自分に言い聞かせながらも、お酒を口に運ぶペースは無自覚に早くなっていたらしい。
いつになく酔いが回ってしまい、頭がボンヤリする。
こんなに酔ったのは、清瀬さんと初めてひと晩過ごした日以来だ。
あの時は清瀬さんとの会話が楽しくて、お酒が進んでしまったんだっけ。
たった一ヶ月前のことなのに、既に懐かしい。
帰ったらLINEしてみようかな。
後ろの席で飲んでたんですよ、って教えてあげたらびっくりするかな。
それとも、用もないのに連絡なんかしたら迷惑かな。
「さつきさん?大丈夫ですか?」
「眠い…」
「日本酒とチャンポンするからだろ。吐きそう?」
「それは大丈夫。でもちょっとお手洗い」
ダメだな、私。
悪い妄想ばっかり膨らんじゃって。
清瀬さんの方から付き合ってほしい、って言ってくれたんだから、自信を持てばいいのに。
今まで清瀬さんは、どれだけ私に優しさをくれた?
いくら白河さんが素敵な女性だからって、卑屈になることない。
元カレには選ばれなかったけど、今度は違う。
清瀬さんは───
「…っ、…もうダメ…、わたし…っ、」
お手洗いに続く通路の向こうで、嗚咽混じりの声がした。
しゃくりあげるその泣き声の合間に、男性の声も聞こえてくる。
聞き間違えるわけがない。
もう、彼の声は私の耳に馴染んで離れなくなっている。
「清瀬さんっ…」
この角の向こう側にいるのは、清瀬さんと、白河さんだ。
「大丈夫、好きなのは君だけだから。信じて」
どうして今まで気づかなかったのだろう。
私は前の恋愛から何も学んでいない。
馬鹿なさつきのままだ。