第4章 桜の頃までそこにいて
「お代わり、生でいいですか?」
「いや、俺はもうノンアルコールでいいよ。監督たちが酔いつぶれたら介抱しなくちゃいけないしな」
「そっかぁ。つまんない…」
「白河さん、今日はペースが早いんだね。大丈夫?」
「今日は飲みたい気分なんです!」
各テーブルごとに間仕切りが設置されているため、姿は見えない。
しかし個室がないこの店の構造上、周囲のお客さんの声はよく聞こえてくる。
後ろのテーブル席から届いてきた声は間違いなく清瀬さんのもので、その相手の女性は受付の白河さんらしい。
「今月から料理教室に通い始めて」
「料理得意なんじゃなかったっけ?」
「お料理は好きですけど、レパートリーが少ないんですよね」
「研究熱心なんだな」
「いえ、そんなこと…あ、そうそう!この前の写真見てくれます?」
「これ白河さん?モデルかと思った。綺麗だなぁ」
「えー!嬉しいっ」
一度清瀬さんたちだと気づいてしまえば、背後から漏れてくる会話に意識が集中してしまう。
後ろの席で飲んでいるのは、どうやら陸上チームのスタッフのようだ。
聞き耳を立てたいわけじゃない。
それなのに、二人の声が際立って私の頭に流れ込んでくる。
コミュニケーション能力の高い清瀬さんだから、気にする必要はないと言い聞かせる。
仮にこちらの席に清瀬さんがいたとしても、彼氏の浮気を疑っている我が後輩の話を熱心に聞いてあげるに違いない。
清瀬さんはそういう人だって、もうわかってる。
それでも女の人と親しげに話している様子を耳にしてしまうと、胸の中がモヤモヤした塊でいっぱいになる。
しかも白河さんは以前から、清瀬さんに対して好意のある雰囲気を醸し出していた。
これは、立派な嫉妬だ。
ああ、嫌だな……。
彼女でもないのに、こんな独占的な感情を抱いてしまうなんて。
「風見、聞いてる?」
「え、ごめん、何?」
「だからさ、本院の方に中途で一人、俺らくらいの歳の男が入ったらしいんだよ」
「へぇ。そうなんだ」
「次の歓迎会で会うだろ?好みだったら狙っちゃえば?って話。そろそろ人肌恋しくなってきたんじゃねーの?」
「それセクハラだからね」
「そうですよ!先輩サイテー。そんなんだからアプリで知り合った子にブロックされるんですよ」
「それ風見には言うなって!」