第4章 桜の頃までそこにいて
今まで感じたことのない別れ間際の名残惜しさに、改めて自分の感情を認めざるを得ない。
清瀬さんは部屋の前まで付き添おうかと心配してくれたけれど、丁重にお断りした。
今日のお礼を言ってシートベルトを外す。
「風見さん」
「はい?」
「あのグラスが届いたら、一緒に飲もうか」
「そうですね、ぜひ!出来上がるのが楽しみ」
「………。ふっ、そうだな。楽しみだ」
一瞬の妙な間を置いたあと、清瀬さんは笑みを溢した。
「足、お大事に。おやすみ」
「おやすみなさい…」
自分の部屋までゆっくりと歩きながら、清瀬さんが溢した笑みの意味を頭の中で探る。
あのグラスでお酒を飲もうって言われて、それに返事をして…
もしかして私、すごく浮かれた顔をしていたとか?
やだ…そんなに可笑しかったのかな…。
鍵を開け玄関に入り、内側から施錠しようとしたタイミングで、ハッとする。
あのグラスで一緒に飲もうって、どこで…?
二人で飲むことは多々あっても、これまでとは意味合いが違う。
清瀬さんの家に誘われたってこと?
それとも、私の家に招いてくれということ?
どちらにしても、家で二人きりって……
「それで清瀬さん、笑ってたんだ…」
察しが悪く、「また飲みましょう!」みたいなノリで返事をした私のことを。
ルリちゃんの言うとおり、恋愛方面のアンテナが鈍くなっているみたいだ。
私の気持ち、もうわかってるのかな。
帰るのが寂しいなんて言ってしまったし、言葉にしなくても清瀬さんにはきっと伝わっている気がする。
だからこその、踏み込んだお誘いだったのかも。
自分の部屋のリビングを見渡して、決心する。
近いうち、この乱雑な空間を掃除しよう。
一応、念のため。
もしかしたら清瀬さんが来るなんてこともあるかもしれないし。
清瀬さんに今日のお礼のLINEを送り、そのあと動画サイトを漁る。
寛政大学が箱根に初出場した年の動画を、帰ったら探そうと思っていたのだ。
色々検索してみたけれど、見つかったのは蔵原くんのものだけ。
清瀬さんの走る姿は、どこにもなかった。