第4章 桜の頃までそこにいて
一帯に広がる煌めきは、今日の昼間に見たガラス細工にも似ている。
絶えず瞬いて放たれる光が私を釘付けにした。
イルミネーションのようなイベントのための演出ではなく、街の人々が暮らしている証。
高台から望むその光景はロマンチックで、時折交差して走っていく電車はどこかノスタルジック。
「この街の明かりだけでも、こんなに綺麗な夜景になるんですね」
「それだけ電力を消費しているということだ」
「もう!色気のないこと言わないでくださいよ!」
「良かった、喜んでくれて」
「え?」
眩い光の波に目を奪われていた私は、ここでようやく清瀬さんがこちらを見ていることに気づいた。
「夜景っていうのもベタかと思ったんだが」
「全然!ベタがいいです!すっごく綺麗…。いつまででも見ていられそう」
「そうだな」
「私、工場夜景も好きなんです。アニメや映画の世界みたいで」
「ああ、わかるよ。幻想的で」
「そう!」
「未来的で」
「そうそう!」
「ははっ、そっちを見に行けば良かったな」
「やだ、そういう意味じゃ…!ここも十分素敵です!」
極端なことを言ってしまえば、例え目の前に広がるのが真っ暗な廃墟だったとしても、今の私は浮かれていると思う。
「工場夜景は、また今度見に行こうか」
「……はい」
今夜ここに連れてきてくれたことも、もちろん嬉しい。
でもそれと同じくらい、次の約束をしてくれたことが嬉しくて仕方がない。
この足が治ったら、ちゃんと返事をしよう。
清瀬さんとお付き合いします?
リハビリありがとうございました?
なんて言えばいいんだろう……。
そうだ。
私の気持ちを伝えるだけで、いいのかもしれない。
清瀬さんのこと、好きになりました───。
夜景を見ながら車内に二人きりだなんて、普通ならばこれ以上ないくらいのシチュエーションだと思う。
けれども二人で交わされる会話の内容は、他愛のないものばかり。
それでも私は十分満足だった。
記録会が終わったあとからまさに今まで、私に向けられる話の中に仕事の話題はひとつもなかった。
四六時中、陸上と選手のことばかり考えているような清瀬さんだからこそ、あえてそれを避けてくれたのだとわかる。
清瀬さんが今日を大切にしてくれたことが、伝わってくる。