第4章 桜の頃までそこにいて
「疲れた?」
「え?」
「さっきまでの元気がないから」
私がわかりやすいのか、清瀬さんが人をよく見ているからなのか、気持ちが沈んでいることに気づかれてしまう。
ただ、元気のない理由は疲労ではないのだけど。
「違うんです。今日、楽しかったから。だから何か…さよならするのが寂しくなっちゃって」
清瀬さんは、黒目がちな瞳でただジッと私を見ている。
驚いた様子も照れた様子もない。
また茶化されるかもと思ったけど、それもしない。
「家に帰るまでがデートだ。まだ終わってない」
「え?ふふっ、そっか。そうですよね」
「しかも今の風見さんのその発言、俺の都合のいいように受け取ってしまうが」
都合よく解釈してもらっていいんです。
だってここのところ毎日清瀬さんのことばかり考えているし、今日に至ってはまだ帰りたくないと思ってる。
ほら。自分の中で答えは出たんじゃない?
もう、リハビリは終わり。
私は、清瀬さんと一緒にいたい。
「清瀬さ…」
「待ちなさい!!走っちゃダメっ!!」
私が口にしかけた言葉をかき消すような、焦燥を含んだ大声が辺りに響いた。
私たちの足元を、風船を持った2〜3歳くらいの男の子がはしゃぎながら走っていく。
向かう先は、駐車場へと降りていくための階段。
その子は階段の存在など目に入っていないようで、ふわふわと宙に浮かぶ風船に釘付けだ。
「!?」
咄嗟に体が動いた。
男の子を追いかけて走る。
このままじゃ落ちる!!
お願い!間に合って!!
階段に差し掛かる寸前、その子の手を強く引いた。
子どもの腕をこんな力で引っ張っていいのだろうかと、普段なら考えたかもしれない。
でもそんな余裕はなかった。
バランスが取れず尻もちを着いた私の膝の上では、その子が呆然とした顔をしてこちらを見つめている。
そして手の中にあったものが空高く飛んでいく様子に気づくと、大声で泣き出した。
「ふうしぇん、いったったーっ!!」
「あ、そうだね、ごめんね…!風船飛んで行っちゃったね…」
とりあえず怪我はしていない。
引っ張った腕にも痛みはなさそうだ。
「大丈夫か?」
清瀬さんが心配そうに私に手を差し出してくれる。
男の子を宥めながらその手を掴んで立ち上がった。